第272話 許さない女、羽依
水曜日の夜二十二時、いつもより少し遅い就寝前。
今日は本当に疲れた。
肉体的な疲れは特に問題にならないが、心労は本当にキツイ。
姉さんと真桜の大喧嘩やしーちゃんの心理戦など。
どれも神経をすり減らすものばかりだった。
しーちゃんは俺たちが姉弟だと以前から薄々勘づいていたようだけど、なぜあのタイミングで真相に突っ込んできたのか。思い当たるとすれば、俺が会話の最初に言った、姉さんを叱ってほしいということだった。
もちろん冗談での話だったが、結果的に姉さんはすっかり憔悴していた。
今にして思えば、しーちゃんは真桜派だったと言うことだ。選挙でも推薦人をしていたのだし、それを思えばある種の意趣返しだった可能性も否定はできない。
姉さんも強キャラだけど、しーちゃんはもっと上なのかもしれない。上下関係をきっちり思い知らされた気がした。
それにしても、俺の周りは怖い女性しかいないのは間違いなかった。美しいバラには棘があるとはよく言ったものだと思う。
でも、まったく悪い日ではなかったのも確かだ。真桜と少しでもわかり合えたのは大きかった。確実に希望を持てた気がした。
後は羽依と仲直りさえしてくれたらいいんだけど。
布団に潜り頭の中を整理していたそのとき、スマホの着信が入った。羽依からだ。
ビデオ通話で来ているようだ。
「やっほー蒼真! こんばんは~」
羽依は寝支度を終えたようだった。愛くるしいピンク色のパジャマに身を包み、ベッドの上に寝転がっているようだ。何をしていても可愛らしい俺の大好きな彼女だった。
帰りは元気がなかっただけに、明るい様子にホッと胸をなでおろした。
「こんばんは羽依。もう寝るところ?」
「そだよ~。今日ね、真桜が泊まりに来てるんだ~」
「ええ! 早速羽依に謝りに行ったのか!」
一気に胸が熱くなった。真桜は約束をしっかりと守ってくれたようだった。
「そう、泣いて謝ってきたの。それからお店のバイトを手伝ってくれてさ、今お風呂から出たところだよ~」
「よかった、本当によかった、真桜偉かったなあ……」
思わず目頭が熱くなる。
「だよね。ちゃんと謝るのってさ、やっぱ怖いもんね」
「そうだよ。だからさ、真桜はやっぱり弱くなんかないんだ。羽依も偉かったね。真桜のことちゃんと許してあげられてさ」
「まだ許してないよ?」
冗談を言っている様子ではなかった。
その一言で、背中を冷たいものが撫でた
「へ? いや……今の話の流れだったら……もう仲直りしてるんじゃないの? そういや真桜はどこなの?」
一緒にいるはずの真桜がさっきから姿が見えない。いったいどういうことだ……。
「真桜~! 蒼真がお話したいんだって~」
「ふごっふごごふご!」
真桜らしき声が聞こえたが、口枷でもはめられているようなくぐもった声しか聞こえなかった。
「ちょっとまって、羽依……なにしてるんだ……?」
嫌な予感しかしない。
「お仕置きだよ? 真桜もそうして欲しいんだって。ね~真桜」
「ふごう! ふごうお! ふふおうごふ」
悲痛な叫びは、どう聞いても肯定しているようには聞こえなかった。
「羽依……真桜さ、助けてって言ってね?」
「んふ、どうだろうね?」
そう言ってカメラアウトした羽依。聞こえてくるのは楽しげに“おもちゃ”で遊ぶ羽依と悲痛な真桜のうめき声。
「真桜~、蒼真に可愛いところいっぱい見てもらおうね~」
「ふお! ふっふうふぃ! 」
「羽依……いいかげんにしなさい。」
「えー……蒼真怒っちゃった?」
「真桜が可哀想でしょ!」
「だって~、真桜よかったね、蒼真に感謝する?」
「ふお! ふおふぉおう」
「真桜かわいい……ほら、蒼真みて、真桜の可愛いところ……」
そう言って真桜の姿をようやくカメラに写した。
まあ、想像の範疇ではあった。
あくまで羽依が関与しているという意味で……。
「ほんとに怒るよ羽依。いい加減開放してあげなさい」
「ちぇー」
そう言って真桜の拘束を解く羽依。
「ぷはっ! はあ! はあ! 蒼真ぁ、たすけてよぉ~!」
頬は明るみ、汗だくな真桜の体。息も絶え絶えで、なんとも艶めかしい声で助けを求めている。しかし俺には何もできなかった。
「あ~……あとは当事者同士で解決してください……」
そう言って俺はビデオ通話を切った。
――なんてもの見せるんだ……羽依のばか……。
長い禁欲生活の中、見てはいけないものを見せつけられた。
(はやく二人に触れたいな……)
そんな悶々とした気持ちのまま眠りについた――。




