表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

271/276

第271話 秘密を知られる怖さ

 放課後の帰り道。姉さんと二人で家路につく。


「いたた……」


 姉さんがこぶしを抑えて辛そうに顔を歪める。うっかり俺の頭を殴ったときの打撲の後だ。


「どれどれ、ちょっと見せて……うわっ、さっきより腫れてるじゃない……でも、骨は大丈夫そうかな?」


「へえ~蒼真くん、そういうのわかるの?」


「なんとなく? 骨が折れると、変色して腫れも酷くて、まるでそこに心臓があるように脈打つんだけど、そんな感じしてる?」


「それは大丈夫そうね……ふ~ん。さすが男の子ね~」


 妙に姉さんは感心するが、俺は説教の一つでもしてやりたかった。


「姉さんは簡単に手を上げちゃ駄目だよ。研修の時だって社長のことも殴ってたみたいだし?」


「やあね、蒼真くん。それは大いに勘違いしてるわよ。パパは一人で転んだだけよ」


 姉さんはくすくすと口に手をあてて笑っている。


「え? そうなの?」


「私がパパに手を出すはずがないじゃない。――引っ叩きたかったけど」


 にやにやと笑う姉さんのせいで微妙に信憑性が薄かったが、今は信じるとしよう。


「それは大変失礼しました。でも、真桜のこと殴ろうとしたのは事実でしょ? やっぱり駄目だってば」


「しつこいわね……。はいはい、私が悪かったでーす」


 まったく悪びれもせず、そっぽを向く姉さん。


「まったく。――で、結局のところ、なんであんなに煽ったの?」


「あの子が変な意地はっててムカついただけよ。――せっかく蒼真くんと付き合えるっていうのに……贅沢言ってんじゃないわよ……」


 最後の辺りは呟くように漏らす姉さん。その言葉に深く踏み込めるはずがなかった。


「あ~……まあ、真桜が辛かった理由って、実際俺のやらかしせいだからさ、あまり責めないであげて」


「さすがは理解のある彼氏くんね。どうせ私はキツイ先輩ですよーだ。ふん!」


 可愛らしい口ぶりだけど、さっきの怒鳴り声と拳の勢いを思い出すと、とてもじゃないが「可愛い」で片付けられる気はしなかった。


「いやいや……真桜の迷う気持ちは痛いほどわかるから。俺だってめっちゃ悩んだし」


「だからって関係を絶とうとすることが腹立たしいのよ」


「あはは……でも、済んだことだし。きっと真桜は羽依と俺のところに戻ってくるって、そう信じてる」


「ホント真桜には優しいわね。あ~あ、お姉ちゃん怒鳴りすぎて喉が枯れちゃったな~」


「はいはい。帰ったらミルクティー淹れましょうね。お姉ちゃん」


「ふふ、じゃあそれで手を打つとしましょう、弟くん」


 そう言って俺の腕をぐっと絡めてきた姉さん。

 往来で誰かに見られたらまた面倒なことになってしまうとヒヤヒヤする。


 ――まあ、今日ぐらいはいいか。


 結果的には姉さんのおかげで真桜も本音を言えたのだから。

 でも、あんな過激な方法はもう二度と見たくない。

 心臓がいくつあっても足りないと思った。


 角を曲がると、家の前で人影がみえた。しーちゃんだ。

 慌てて姉さんは俺から一歩離れた。

 門によりかかり、スマホをいじってるが、俺たちに気がついて手を振ってきた。


「あら、御影さんこんにちは。今日は早いですね」


「もうやることなくてさあ~。暇なんだよね~」


 進路の決まった高校三年生は、大抵暇をもてあます時期ではある。

 しーちゃんもその一人ということか。


「それで早めに来たの?」


「うん! ここなら二人にかまってもらえるし! かまってかまって~」


 俺と姉さんは顔を合わせてくすっと笑った。


「しーちゃん、今日は事件があったんだよ。それがさあ――」


「ちょっと! 蒼真くん! 言っちゃ駄目だってば!」


 慌てて俺の口を塞ごうとする姉さん。

 

「え~なになに? 気になる~!」


 しーちゃんも興味津々の様子だった。

 ここは一つ、元生徒会長にお説教をしてもらおうと思った。


 家に入ると暖房のぬくもりが肌にじんわり染み渡る。

 クロちゃんがいるからリビングは常に空調を効かせているのだった。


 女子二人はリビングに向かい、ソファーでゆったりとくつろぐ。

 そんな彼女たちのために俺はミルクティーの準備をする。ミルクを温めて、湯を沸かし、適温にする。高級茶葉の封を開けると、なんとも豊かな香りに包まれ、セレブ感を味わう。――まあ召使いなんだけど。


「はい、おまたせ~」


 みんなでミルクティーを飲みながら、先程あった事件の詳細をしーちゃんに語った。

 姉さんは終始渋面だったが、これは報告義務だと思った。


「ふ~ん。真桜ちゃんと遥ちゃんがバトルねえ……」


 そう言ってしーちゃんは俺と遥さんに視線を送り、ミルクティーを一口飲む。


「もう……なんで喋っちゃうのよ……」


「そりゃ元生徒会長様だからですよ、遥さん。序列で言えば生徒会長よりも偉いのは元生徒会長。お説教の一つでもしていただきましょうね」


「裏切り者! 蒼真くんなんてクビよ! クビ!」


「私の雇用主は社長でございますよ、お嬢様?」


「もー! 生意気! 生意気!」


 遥さんはそう言って俺の肩をぽかぽかと叩く。実に可愛らしいスキンシップで、当然本気で怒っているわけではないと思う。多分。


「ふふ、ホント仲いいよね~。まるで本当の姉弟みたい」


 しーちゃんの何気ない一言で、一瞬空気が凍る。

 なに食わぬ顔で、彼女はさらにもう一口ミルクティーを飲む。


「しーちゃん、ミルクティーのおかわりはいかが?」


 優秀な執事として、空に近づいたカップをそのままにはしておけないので、お茶のおかわりを確認する。決して話を逸らしたいわけではない。


「私は御影さんの意見が聞きたいわね。どう思います?」


 姉さんが話題の矛先を変えようと無理やり話を降るが、いささか不自然に聞こえた。しーちゃんが少しだけ目を細めた。


「え? 二人が本当の姉弟かどうかの話?」


 さらに空気が重くなり、胸がひゅっと冷たくなった。


「しーちゃんさ、なんか変な勘繰りしてない?」


「私が聞きたかったのは真桜のことですよ? 御影さん」


 俺たちの話を聞き流し、ティーカップを持ちミルクティーをくいっと飲み干した。

 しーちゃんの大きな目がさらに細くなった。


「ふふ、二人ともさあ、――私のこと舐めてない?」


 空気が一変した。


 姉さんは表情を強張らせ、身動きがとれないようだ。

 そして俺も息が詰まり、胸に鉛が入ったような感覚に落ちた。

 しーちゃんはいつものように、にこやかなままなのに。


 ――なんだこの重圧。


「ごめんね~。知られたくなかった?」


 明るいトーンでしーちゃんが話すが、これは軽くカマをかけているように聞こえる。


「しーちゃん、怒るよ? 変な勘繰りはやめてってば」


「まあまあ蒼真くん。私たち、ちょっと距離が近すぎたのかも知れないわ。気心が知れてしまって、つい姉弟に見えてしまったのかも。注意が必要ね。ありがとうございます、御影さん」


 ぺこりと頭を下げる遥さんをじっと見つめるしーちゃん。その視線は“観察者”のようだった。


「考えれば考えるほどね、おかしな話だとは思ってたんだ~」


「何がですか? そんなにおかしなことはありました?」


 遥さんは焦った様子もなく、普通に尋ねた。しーちゃんは楽しそうに人差し指を立てて口を開く――。


「まず、そーちゃんがこの家に住み込みで働くこと自体が不自然だよね~。肉親以外で同世代の男女なんて一緒に住ませないでしょ?」


 唐突に正論を持ち出すしーちゃん。でも、この話はもう納得していたはずだった。


「それはほら、あのサッカー部のキャプテンにしーちゃんだって説明してくれたじゃないか。実際あの通りの話だし」


「そーちゃんのお父さんと遥ちゃんのお父さんがお知り合いって話だよね。お金に困ってるから援助のために住み込みで働くってさ、さすがに無理がありすぎるよね。私もあのとき自分でも何言ってるんだろって思っちゃったし!」


 そう言ってくすくすと笑うしーちゃん。

 その笑顔に冷や汗がとまらない。背筋がぶわっと寒くなった。


「だからといって私と蒼真くんが姉弟って根拠にはならないと思いますが?」


「あ、誤解しないで遥ちゃん! そんなに怖い顔しないでよ~。私は別にさ、この話で何かしようって気はないんだし」


 大げさな手振りでしーちゃんは敵対ではないと言う。けれども、この空間を支配しているのは間違いなく彼女だった。


「じゃあさ、しーちゃん。もし俺たちが姉弟だとしたら?」


「いいな~って思うよ。ホントそれだけ」


 俺と遥さんは目を見合わせる。


「他に何か思い当たるようなことでもあるんですか?」


「目かな。あとは顔の輪郭とか~。指とかもわりと特徴出るよね」


 俺と姉さんはギョッとしてお互いの掌をだして確認する。


「ふふ、ふふふ、あははは、だめ、あははは、あははは」


 しーちゃんのツボに入ったときの特徴的な笑い方だ。でも、今はどことなく不気味にすら感じた。


「どう? 指の特徴は見つかった? 本数は一緒だった?」


 ――っ!


 俺と姉さんは嵌められたことを理解した。しーちゃんのほうが一枚も二枚も上手なようだった。


「だめ、おかしい……ほんとに赤の他人ならさ、そもそも確認なんてしないでしょ?」


 しーちゃんは俺たちがもう落ちたと思っているようだった。


 ――まだ確証はないはず。そもそもそんなものは存在しないのだし、イエスとさえ言わなければいいだけの話だ。


「御影さん。この件……絶対に秘密にしてもらえますか?」


「遥さんっ!」


 俺の言葉を片手で遮る姉さん。その表情は憔悴しきっていた。


「いいの。秘密を知られる怖さを……今ようやく思い知ったわ。――私も真桜のことをとやかく言えないわね……」


 すっかり観念した姉さん。

 真桜とあれだけ揉めた後なのだから、消耗していても仕方がなかった。

 こうなったら俺も腹をくくるしかない。


「……姉さん。いいんだね? しーちゃんに言っても」


「ええ。その代わり……御影さん。いえ、志保さん。私たちと、より一層仲良くしてもらえますか? 秘密を共有する仲間として」


「もちろんだよ遥ちゃん! なんだかごめんね~」


 そして俺と姉さんの関係をしーちゃんに伝えた。俺の両親のこと、遥さんのお父さんのこと。

 ことの複雑さにしーちゃんも言葉を失っていた。


「そっかあ……思った以上に込み入った話だったんだね~」


「頼むよしーちゃん。他所で言わないでね」


「まかせて! 私は口が硬いんだから!」


 ——そういや隼と燕さんの関係を俺に漏らしたのはしーちゃんだった……不安しかない……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ