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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第263話 告白と断罪

 二月の寒い街中を歩いて行く。

 結城道場から九条邸までの道のりは徒歩五分ほどと、かなり近い。

 それでも足取りは重く、これからのことを思えば憂鬱ですらある。


 高校に入るまで女性と付き合った経験がなかった俺は、誰かに告白したこともなければ振られたこともない。失恋の耐性などまるでなかった。

 胸の奥がぎゅっと縮み、息をするのも苦しかった。心底絶望を感じた。


 正直言えば、真桜と会うのはとても怖い。絶対別れないと意気込んでみたものの、自信があるかと問われたら、なんとも言えなかった。


 ただ、真桜からの愛情が消えたわけではない。であれば、その一点に望みをかけて俺は何度でも彼女に思いを伝えよう。


 結城道場に着いた。見慣れたはずの門構えだが、今日はやたらと俺を威嚇している気がした。


 意を決してチャイムを押す。

 真桜の声がドアホン越しに、「どうぞ」と一言だけ返ってきた。

 重苦しい雰囲気に呑まれそうだが、ぐっと堪えて玄関を開けた。


「蒼真、待ってたぞ。上がれ」


 待っていたのは真桜ではなく理事長だった。その目は確実に俺を殺しに来ていた。


 ――なぜ俺にそんな目を?


 真桜の話というのは、俺と真桜での話し合いではなかったようだ。

 理事長は明らかに俺を威嚇してきている。

 

 ――まさか、俺たちの関係を理事長に告白したということなのか……?


(ああ……今日が俺の命日かも……)


 背中を冷たい汗が静かに伝う。

 どう転んでもバッドエンドな話し合いが始まろうとしていた。


 居間に向かうと、真桜が正座で待ち構えていた。

 最近は稽古前でも可愛らしい服装で出迎えてくれていたので見てるだけで楽しかったが、今日は飾り気のない白いスウェット姿だ。

 まるで線を引かれたように遠くに見えた。


 真桜と隣同士に座り、正面には理事長。

 その鋭い目が容赦なく俺を射抜く。

 かなり高齢のはずだけど、その威圧感はすさまじく、今すぐ裸足で逃げ出したかった。


「単刀直入に聞く。お前たち二人は恋人同士だったと聞いたが本当か?」


 嫌な予想が的中した。一番知られたくない人だった。心の準備などできてない。真桜は敢えて伝えたのだろうか。その意図はいったいなんだろうか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっている。


 どのみち下手な誤魔化しが通じる相手じゃない。ならば、俺は俺を貫く――。


「はい。真桜とは恋人同士です。俺は今でもそのつもりです」


「いいえ、もう別れました。蒼真は赤の他人です」


 はっきりと、そう告げる真桜。

 強い意思を感じさせる物言いに、心が折れそうになる。


「ふむ……蒼真、お前は美咲の娘、羽依さんと付き合っていたはずだよな。別れたのか?」


「いえ、羽依とは別れていません。俺と羽依はずっと仲のいい恋人同士です」


 俺の言葉に理事長は驚いた様子はない。眉毛一つも動かさなかった。


「真桜、お前は二人が付き合っていることは知っているはずだよな? それでも蒼真と付き合っていたということか」


「おっしゃるとおりです、お祖父様。私は人としてあるまじきことをしていました」


「真桜、そんな言い方しなくてもいいだろ!」


「蒼真。今は俺が聞く番だ」


「……すみません」


 圧が強すぎる……一歩でも踏み出せば本当に無事で済みそうになかった。


「次に蒼真に聞きたい。二股というのは実に男として恥ずべき行為だと思う。なぜ許されると思う?」


「それは……」


 あまりの緊張でうまい返しが見つからない。いや、そもそもそんなものは存在していないのだろう。理事長は“大人の正論”しか言ってないのだから。


「なんだ? もう降参か? 単にお前は真桜の誘いを断れなかっただけだろう。この腑抜けが」


「違う! 真桜はそんな子じゃない! 俺が……俺が誘ったんだ」


「蒼真、余計なことは言わないで。――この件は前もってお祖父様に話した通りです」


「そうか。はて、なんと言ったか。蒼真の前で言ってみろ」


 真桜は唇をぐっと噛み締めた。


「羽依と蒼真の間に割り込んだのは私。あわよくば蒼真を奪いたかったと……そう申し上げました」


「真桜! そんなんじゃなかったろ! 俺たちはみんな――」


「あなたは黙って!!」


 金切り声のような真桜の叫びに俺は黙るしかなかった。

 理事長の表情にわずかな変化が現れた。といっても眉がすこしだけ上がっただけだが。


「ふむ、まあいい。真桜から重大な話があると聞いてな。何かと尋ねたら蒼真と今まで恋仲だったと告白してきたんだよ」


「真桜、なんでわざわざ……」


「蒼真……あなたがしようとしていることはこういうこと。誰にも許されるはずなんてないの」


 確かにこの関係を続けるには理事長にも理解してもらう必要があった。

 だがしかし、言い出す勇気も納得させるだけの根拠もあるはずがない。

 いつかはこの日がやってきたはずだ。しかし、あまりに急すぎた。


「真桜」


「はい、お祖父様」


「蒼真とは別れるんだな」


「……もうすでに……別れています」


 そう言って肩を震わせ大粒の涙を流す真桜。拭うこともなく理事長を正面に見据える。彼女からは決意の強さと同時に深い悲しみも感じとれた。


「蒼真」


「はい」


「真桜はこう言っているが、お前はどうする気だ」


「別れません」


「ふむ、じゃあ俺が別れさせてやる。蒼真、お前は――」


 そのとき、チャイムが鳴った。


「……放っておけ。どうせ何かの勧誘だろう」


 しばらくチャイムの連打が続いた。やがて収まったが玄関が開いた音がした。


「……賊か?」


 とっとっと、軽快な足音が近づいてくる。

 そして居間の戸が開いた。


「真桜~玄関鍵かかってないよ~。不用心だね~って……お取り込み中?」


 侵入者はピンク色のジャージを着た俺の恋人だった。

 俺たち三人を眺めて羽依はきょとんとしていた。



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