第262話 BL展開はありえない
「蒼真、いいぞ、もっと力を込めろ!」
「苦しい……きついって……」
「いいから我慢しろ、ほら、もう一回」
「もう無理だって!」
「ほら、できるじゃねえか! さあ後三回!」
「何で増えてんだよ!?」
トレーニングルームで朝から励む俺と隼。
デッドリフト110kgは初挑戦だったが、二回でギブアップしそうなところを五回もやらされた。冗談抜きで心臓が破裂しそうになった。
そしてスマホ片手に一心不乱で写真撮影をするしーちゃんは、あらゆる角度から俺たちをパシャパシャと撮り続ける。
「いいよお~……二人とも、すっごくいい! 後で羽依ちゃんに送っとくね!」
「……はあ……はあ……好きに……して……」
「羽依ちゃん男嫌いなのにそんなの見て嬉しいのかねえ?」
「あは、こういうのはね、別腹だよ~!」
とても楽しそうなしーちゃんだけど、いつも夜型の彼女が朝五時から起きてくるとは思わなかった。
隼は俺とバトンタッチしてバーベルの重りをセットする。
「ここまで本格的なジムが家にあるのは羨ましいな!」
そう言いつつデッドリフトを開始する隼。140kgを難なく持ち上げられるのは高校生離れしすぎだと思う。
「うちのマンションにも本格ジムはあるからよ。今度やりに来いよ!」
「そのうちな……つうか……息切れしない……だと……化け物かよ……」
未だに息も絶え絶えな自分と余裕な隼を比べるのも、いい加減バカバカしくなってきた。
トレーニングを終え、交替でシャワーを浴びる。
「そーちゃん、そこは二人でシャワーだよ~。ファンサって大事なんだよ?」
「あ!?」
思いのすべてを一文字に集約して幼馴染にぶつけた。
「そんなマジギレしなくもいいじゃんか。け~ち!」
べーっと舌を出してしーちゃんは去って行った。やれやれだホント。
朝食の支度をする。姉さんは遅めの起床なので、その前に完璧に準備をすませたいところだ。
いつもの土曜日なら、この後に結城道場に向かい稽古をするところだけど、真桜からはもう一人で大丈夫と言われてしまったのだ。
いわゆる破門というやつなのだろうか。
俺から連絡をするには気まずすぎる。
今日をどう過ごすか、そこが問題だった。
「蒼真! 朝飯はなんだ? 腹減っちまったよ!」
「和食にするよ。鮭とだし巻き卵にほうれん草のお浸しだ」
「へえ~。セレブなお屋敷だから朝からステーキとか出るのかと思ったけど、わりと普通なんだな」
「当たり前だろ。そんなのばっか食ってたら病気になるわ」
「はは! 俺は三食肉でも構わねえよ!」
「……しゃーない。ベーコンもつけるか」
「さすがは優秀な召使いだな! ほら、きびきび働け!」
「このやろ……お前も手伝え、この穀潰し!」
隼は、「へいへい」と皿を準備し始めた。やればできるじゃないか。
朝食の準備が整ったところで姉さんが起きてきた。
「おはよう~。なんだか大勢で朝食って嬉しいわね」
朝から晴れやかな笑顔を浮かべる姉さん。一人暮らしの寂しさを知ってるからこそ出る言葉だ。やたらと沁みる。
「いただきまーす!」
綺麗に声が揃ったところで朝食を始める。
「そーちゃんのだし巻き卵、ほんっと好き! 毎朝食べたいね~」
「ええ、何回食べても飽きない味よね」
「ああ、量がもちっとあればよかったな! まあベーコンが厚いから許す!」
「マジ図々しいな。お前はおかわり禁止な」
「ばっか、おま! そんな酷いことよく言えんな!」
泣きそうな声で抗議する隼。その情けない表情がまたツボに入ったのか、みんなで笑ってしまった。
「んで、隼。これからマンション帰んのか?」
「ああ、姉さんに帰ってもいいって許可貰ったよ。九条さんのところ泊まったって言ったらめっちゃびっくりしてた」
「そりゃそうだろ……まあ、よかったな。燕さんとじっくり話すんだろ?」
「……ん。まあそうだな。志保さんとも約束したしな」
「大丈夫だよ隼くん。燕さんはきっと最適解を出してくれるよ」
「何を根拠に言ってんだか……まあ、そうしてみますわ」
そう言って隼は肩をすくめた。
遥さんが俺の肩をとんとんと叩く。
「蒼真くんは今日どうするの? 普段なら稽古なんでしょうけど、行くとこないならうちに居てもかまわないわよ?」
そんな優しい言葉をかけてくれる姉さん。でも、俺は――。
「どうしようかなって思ったけど……やっぱ道場行ってみます」
「そう。じゃあ頑張ってね」
姉さんは穏やかな表情でそっと俺の手を握った。伝わる温もりに、勇気を分け与えてもらった気がした。
そのとき、LINEの着信があった。真桜からだった。
真桜「道場に来て。話があるの」
そのメッセージを見て驚くほど心臓が跳ねた。
真桜は話し合いの場を設けてくれたのだ。だったら俺は絶対に諦めない。
世間にどう思われようが、俺の恋人は羽依と真桜だ。
もう俺は迷わない。誰にも譲らない。




