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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第257話 モテ期

 二月二周目の金曜日。

 明日はバレンタインデーだが土曜日で休みだ。

 いつもより騒がしくなりそうな一日が始まった。


「蒼真くん、はい。チョコレート」


 出発直前に姉さんが豪華な装飾の紙バッグを渡してきた。チョコレートと言うには重みもかなりあった。


「ああ、ありがとう! でも姉さんなら明日でもよかったんじゃない?」


 俺の言葉に姉さんはニッと口角を上げた。


「一番に渡せるのも一緒に住んでる特権でしょ? 今日は大変かもね~」


「へ? 学校で俺にくれる子なんてそんなにいないってば」


 変にハードルを上げないでくれと本気で思った。


「ふふ、どうでしょうね。はい、これ」


 姉さんはマイバッグを手渡してきた。


「いやいや、さすがにこんなのいらないって……」


「いいから持っていきなさい。ほら、学校に行きましょう」



 通学中の周囲の視線も前ほど注目を感じなくなってきた気がする。


「やっと普通に歩くようになったわね……」


 ポツリとつぶやく姉さん。


「そう? 何か変わった?」


「少し前までは、曲がり角とかでササッと小走りで先の様子を見に行ったりとか、常に後ろを振り返ったりとか、正直一緒に歩くのが嫌だったわ」


「ええ! ひどっ! それだけ警戒してたんじゃないかっ!」


「そうね、ありがとう。――もう警戒してないの?」


「ああ……なんか疲れちゃって……」


 そう言った途端、姉さんが吹き出した。


「あはは、そりゃね……あはは、だめ、朝からやめてってば……」


 変にツボに入ったらしい姉さん。周囲を見ると、やはり注目を集めていた。クールな生徒会長が笑い崩れる姿はよほど珍しいようだった。


「遥さん、みなさん見てますよ。淑女としての嗜みを意識づけてくださいまし」


「何よその喋り方。誰のせいだと思ってんのよ……」


 姉さんは恨めしそうに俺を見つめた。



 姉さんと別れ、昇降口の下駄箱を開ける前にふと考える。


(ラノベの展開では、モテる男ならここでドサドサっとチョコが振ってくるんだろうな)


 さすがにそんなことはありえない。でも、姉さんがマイバッグを渡してきた。何かしら意味があってのことだよな。


 意を決して下駄箱を開けてみる。


「うぉ……」


 ドサドサとは振ってこない。ミッチミチだ。ミッチミチ。


「こうきたか……いや、箱潰れてんじゃん……」


 後から詰めた人が無理やり押し込んだのだろう。なんか雑だ。


 早速マイバッグが役立ったが、これを教室に持っていって羽依と真桜が何と言うか、そのほうが怖かった。


 隠す場所もないので仕方なしにバッグを掲げて教室に入る。


「おはよ~」


「おはよう蒼真! ――なにそのバッグ。戦利品? すごいねえ……なんか机もすごいことになってるよ?」


「え?」


 机の上には数個の包み紙が置いてあった。

 机の中には……ミッチミチだ……。


「また箱潰れてるし……」


「んふ、なんか蒼真のファンの子って雑だね~」


 羽依はけらけらと笑っていた。


「いや、まさか俺がこんなに貰うなんて思わなかったよ……」


「そう? 神凪学院男子人気ランキング五位なのに」


「えー!? なにそれ、そんなランキングあんの!?」


「あるに決まってるでしょ? 女子にあるんだから当然だよね」


 そう言って俺の背後に同意を求めた。真桜だった。


「そうよ、蒼真。“なぜか”あなたは“無駄に”人気なのよね……」


「おはよう真桜、って、言い方……」


「色々あったからね~。モデルやったり文化祭で活躍したり」


 羽依は満足そうに俺を見つめる。彼女的には彼氏がモテるのは嬉しいようだ。


「そうね、髪を切って清潔感もでたし、背はぐっと伸びて、しっかりと筋肉もついてきて――格好いいわよ……」


 最後はなぜかふてくされたように言う真桜。


「そっかあ……モテ期きちゃってるのか……」


 もちろん悪い気などするはずがなかった。


 ただ、気がかりなのは……過激派の“あのお方”がどう来るかだった。



 昼休み。そろそろだろうか。

 そう思った矢先、LINEの通知が届く。飯野さんだ。


(やっぱり……)


 内容は至急談話室に来いとのこと。

 スルーしたらまた一悶着ありそうなので、諦めて向かうことにした。


 談話室のドアをノックして入室する。


「失礼します……何か御用ですか?」


 飯野さんはニヤッと笑って俺に紙袋を渡す。

 袋の中を覗くと、腹持ちの良さそうなチョコバーがいっぱい入っていて、さらに一冊の本が入っていた。


「うわっありがとうございます。って、本?」


「新刊だよー。献本きたからあげるね。美樹ちゃんのサイン入り」


「えーー! マジっすか! うわっ嬉しい! ありがとうございます!」


 早速、本を手に取って眺める。重厚なハードカバーだ。

 タイトルは「私を東南アジアに連れて行かないで」。軽めのフォントで書かれている。大勢で電話をしている可愛いイラストが、色々と想像をかき立てた。


「また随分と、濃そうですね……」


「私が言うのもなんだけどさ、メンタル下がったときに読んじゃ駄目ね」


「うっす……。ありがとうございました! では!」


 用は済んだ。さあ教室に戻ろう。


「ちょおっとまった!」


「……チッ」


「あれ? 今舌打ちした? まだ来たばかりでしょ。ほら座んなさいって」


「はい。座りました。では!」


「怒るよ? 話があるの」


 眉間にシワを寄せた飯野さんがちょっと怖かった。


「はい……すんませんっした……」


「あはは、いや、志保のことお礼言いたかっただけなんだけどね」


「ああ、志保さんにはホント助かってます。遥さんも勉強捗ってるみたいだし、俺も色々教わってるし」


「そっか。役に立ってるならよかった。彼女、ここのところ浮き沈みが激しかったからさ。聞いた? 芸能界のこと」


「いえ? 特には……」


 飯野さんらしからぬ神妙な顔を浮かべ、口を開く。


「――結局、志保はもう芸能界は辞めるんだって」


「ええ……そうなんですか?」


「うん。なんかもう十分かなって言ってた……まだ映画一つしか出てないのにね」


「ん~……寂しいけど。すみません……安心感もあります……」


「謝らなくていいよ~。私だって同じ気持ちだし」


 飯野さんは深い溜め息をつき、話を続けた。


「あの子ってめっちゃ頭いいけどさ、人の悪意とかは鈍感なんだよね。そんな子が芸能界みたいなところで働くのってリスク高いよね」


「よくわからないけど、まあそうなんでしょうね……」


「それでね、将来何になるの?って聞いたらさ、学校の先生だってさ」


「あ~それはいいかも! もしかしたら天職かも」


「うん、私も今の学力維持してるのって志保のおかげなんだよね~」


「そりゃまた、いい家庭教師がいてよかったですね」


「まあそういうわけだから志保には芸能界の話は触れないほうがいいかもね。それと、いい生徒してくれたら彼女も喜ぶんじゃないかな」


 友達思いの飯野さん。いつもの小悪魔ぶりは鳴りを潜めていた。


「飯野さんはホント志保さんのこと好きですよね~」


 笑顔で頷く飯野さん。でも、その後にふっと影が差す。


「一緒に住むのも楽しみだったけどね……あの部屋の惨状見ちゃったから……今から不安で仕方ないよ……」


 しーちゃんの部屋は、ザ・汚部屋って感じだったから仕方がない。


「ふーん。じゃあ、しっかり世話してあげてくださいねー」


 適当な俺の励ましにギロリと睨む飯野さん。


 何を思ったか、突然シャツのボタンを上から順に外した。

 テーブル越しにグッと体を乗り出し、慎ましやかな胸をぐっと寄せて強調してきた。


「蒼真くんもさあ、私たちと一緒に住もうよ。毎日いいことしよ?」


 鋭い目で俺を射抜く飯野さん。しなやかな山猫のような動きで、今にも飛びかかろうとしている。――やばい。


「間に合ってます! では!」


 脱兎のごとく退出した。

 後ろから、「ひどいー、おにー」とわめき声が聞こえたが、俺は知らん。



 廊下に出たところでLINEの着信があることに気づいた。隼だった。


「放課後、屋上で待ってる」


 ――教室で言えばいいのになんでわざわざ……?

 妙に胸がざわついてきた。いったい何を語るつもりなのだろう。






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