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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第256話 姉弟の温もり

 社長と黒川さんは晩御飯をともにすることなく、さっと帰っていった。

 今日の話が重かったせいか、あるいは本当に忙しいのか。

 玄関扉が閉まった瞬間、ようやく呼吸ができた気がした。


 帰り際の社長の言葉が脳裏に残っている。


「――君が培ってきた人脈。これもまた数奇な縁がきみと私たちを結んでいる。現在親交の深い人物。すべて大事にするといいよ」


 あれはどういう意味だったのだろう。

 社長は俺の何を、どこまで知っているのか。

 “親交の深い人物”と言われて思い浮かぶ顔はいくつかある。

 けれど――。


 今は深く考えないほうがいい。

 ただ、言い表せない予感めいたものが胸の中に残った。


 ソファーでは、姉さんがずっと俺にもたれかかっている。

 肩が小さく震えているのは、寒さのせいなのか、それとも――。


「姉さん、ご飯にしましょ?」


 姉さんは首を横に振る。

 ときおり漏れる嗚咽が、まだ気持ちが落ち着いていないことを物語っていた。


 どれくらい経っただろう。体感は数時間なのに、時計を見るとまだ小一時間だった。


 ときおり俺の肩に頭突きをしてくる姉さん。

 わりと強くてズシンと来る。


「姉さん、もしかして、怒ってる?」


 そう言った瞬間、太腿に鋭い痛みが走る。


「あだだだっ!? ちょっ、姉さん痛いってば!」


 見ると太腿をギュッと強く抓っていた。


「ふん、だから言ったでしょ。姉より強い弟なんていないんだから!」


 怒っているのか泣いているのか、はたまた笑っているのか。

 どう形容していいかわからない表情で俺を見つめてくる。


「おーいてて……」


 泣き顔の痕跡は消え、笑顔を浮かべたかと思った途端に、きゅっと眉根を寄せて厳しい顔になる姉さん。

 その切り替えの鮮やかさに、俺の心臓はまた無駄に跳ねた。


「御影さんから聞いたわよ。蒼真、まだプリント終わってないんですって?」


 鋭い視線が俺を射貫く。

 その瞬間、心臓をきゅっと鷲掴みにされたような感覚に落ちた。


「あ……ひゃ、ひゃい! すみません! 近日中に終わらせます!」


「もう! 何のために合宿の場所を提供したと思ってるの!?」


 呆れたようにため息をつき、眉尻を下げて困ったような顔になる。


「大変申し訳ございません……ですがね、あまりにもその、膨大な量でして……」


「言い訳はいらないわ。いい? あなたはプリントを片付けること。私は晩御飯を作るわ。カレーでいいわね?」


「はい! 姉さんが作るならなんでも美味しく食べます!」


「よろしい! では開始!」


 そう言って姉さんはエプロンを付けキッチンへ向かった。

 俺も慌てて自分の部屋へ飛び込み、プリントに取りかかった。


 一位を取る。この目標の重要性が一気に増した。

 考えることは山ほどある。しかし、今はできることに集中するべきだ。


 一心不乱にプリントを片付ける。

 消化に時間がかかるのは、難解な問題が集中的にあるからだ。

 しーちゃんお手製プリントは激辛だった。

 あの幼馴染の意地悪な笑顔が脳裏にちらつく。


(くそっ、みんなあのほわほわ感に騙されてるんだ! 性根はかなりのドSだぞ!)


 などと頭の中でボヤきながらもプリントはあと一枚と言うところまで消化されていった。


「蒼真くん?」


「うわああっ! びっくりした! 姉さん!?」


 いつの間にか部屋に入ってきていた姉さん。すぐとなりに顔があったので死ぬほど驚いた。


「失礼ね……驚きすぎよ。さっきから呼んでたのに」


「ああ、ごめんなさい。プリントに集中してた」


 姉さんは俺の解いたプリントを手に取り眺める。


「へえ……一人で頑張ってるわりに、ちゃんとできているわね」


「ああ、合宿の成果……かな。ははっ!」


 成果をアピールしないと自腹を切らされてしまう。それが何より怖かった。


「ふうん。よく頑張ったわね。さあご飯にしましょ」


「やったー! 姉さんのカレー楽しみだな!」


「なにそれ、調子がいいわね……ふふ」


 ダイニングに入るとルーの甘辛い香りと、溶けた玉ねぎの甘さが鼻をくすぐる。途端に腹の虫が音を立てた。


「あ~まじで腹減った……もう二十時過ぎてたのか」


「ええ、随分と頑張ったわね。プリントはまだ終わらないの?」


「いや、もうそろそろ終わるよ。今日中に終わらせてから風呂に入って寝るね」


 カレーを皿に盛り付け、テーブルに付く。


「「いただきます!」」


 一口食べてすぐにわかった。ビーフカレーだ。


「うんまっ! 肉でかっ! これ、もはや肉料理だ」


「ふふ、いっぱい作ったからいっぱい食べてね」


 言われた通り、たらふく食べた。大盛り三杯はさすがに食いすぎたか。


「すごいわね……蒼真くんの食べっぷり。作った甲斐があったわ」


「マジで美味かった。姉さんはなんでもできるよね。料理も掃除も庭仕事も。きっといいお嫁さんに――」


 そこまで言って口を滑らせたことに気づく。

 はっとした俺の顔を見て姉さんは頬を緩めた。


「そんなに気を使わないで。――少し話をしましょ?」


「ああ、やっぱり……その……怒ってる?」


「養子のこと? そりゃ怒ってるわよ。必死で止めたのに」


 そう言って口を尖らせる遥さん。けれど目尻は下がり、その口元もわずかに緩んでアヒル口みたいになっていた。正直これっぽっちも怒ってなさそうだ。


「なんてね……やっぱり嬉しかった……」


 俯いて俺に見せないように笑顔をほころばせる姉さん。その可愛らしい仕草は俺の胸にぐっときた。


「……勝手なことしてごめんね」


「謝らないで。それに嫌になったら止めてもいいの。縁談だって受けてもいいって……本気で思ったし」


「だめだってば。姉さんならもっといい人がいるはずだって」


「そんな人いないってば」


「いや、絶対いるって」


「しつこいわね……」


 そう言って溜め息をつく姉さん。


「まあいいわ。いい人ができるまで私のお世話をよろしくね」


「えー……」


「ちょっと、なんでそこで嫌がるのよ!」


 そう言って二人で笑い合えた。

 色んなことを経て、少しずつ俺と姉さんの距離が縮まっていく。

 それが嬉しくてくすぐったくて、姉弟っていいなって本当に思えた。









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