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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第251話 おやすみを言う前に

「蒼真、一緒に寝ようよ」


 あまりにも自然に言われて、思わず固まった。

 いつもの柔らかい笑顔のまま、湯上がりの髪をタオルで拭いている美咲さん。


「え……いいですけど……俺、寝相悪いの知ってますよね?」


「もう少し話したいんだよ。だって、次会うのは週末だろ?」


 ぽつりと落とされたその一言が、やけに胸に響いた。

 こんな言い方されたら、そりゃ首を縦に振るしかない。


「俺も……もうちょっと美咲さんと話がしたいです」


「ああ、寝支度が済んだら行くからさ。部屋で待っててね」


 美咲さんはウィンクして、自室へ戻っていった。


 その仕草がいちいち反則だ。

 どれだけ俺を鼓動で殺しにくるんだ……。


 俺も慌てて髪を乾かし、いつも以上に丁寧に歯を磨く。

 新しい下着にするか一瞬迷って――。


(いや何考えてるんだ俺!)


 頭を振って自分を落ち着かせる。

 布団に潜り、美咲さんを待つ間、心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえた。


(しずまれ……相手は美咲さんだぞ。羽依のお母さんだぞ……!)


 なさけない俺の心臓を黙らせるように胸を強く叩いた、そのとき。


 静かにドアが開き、赤いパジャマ姿の美咲さんがそっと入ってきた。

 照明の柔らかい光の中で、その姿が妙に大人っぽく見える。


 そして無言でするりと布団に潜り込むと、

 おもむろに俺を抱き寄せ、胸元にぎゅっと顔を押し付けてきた。


 柔らかくて、あたたかくて――。

 心臓が、完全に跳ね上がった。


「この一週間は……結構寂しかったねえ」


「え……ほんとに……?」


 思わず情けない声が漏れる。

 美咲さんの言葉がやけに胸にしみる。


「せっかく一緒に住めたのに、たった一月で巣立ってしまうんだもの。そりゃね……」


 少し口を尖らせるその仕草が妙に子供っぽくて、でもそれがやたらと似合ってて、素直に可愛いなって思った。


「すみません……でも、俺も美咲さんに会いたかったですよ?」


「あは、そっかそっか! 可愛い奴め!」


 そう言って更に抱きしめてくるが――。

 さすがに力が強すぎて、息が詰まりかけた。


「み、美咲さん……苦しいです……」


「あっ、ごめんごめん!」


「い、いえ……嬉しいけど、ちょっと逝きかけました……」


 美咲さんはくすくす笑いながら、少しだけ腕の力を緩める。

 その笑顔があまりにも近くて、どうしたって意識してしまう。


「――この部屋はお父ちゃんの部屋なのは知ってるよね」


「はい。まだ私物も色々残ってますし、たまに本とか読ませてもらってます」


「興味あるなら持っていってもいいよ。誰も読まないからね。……この部屋でこうしてると、お父ちゃんに見られてる気がしちゃうね」


 ぽつりと言うその声には、少しだけ懐かしさと寂しさが混じっていた。


「ええ……俺、怒られますかね……」


「羽依といろいろしてるんだから、そりゃ怒り狂ってるんじゃないか?」


「ひ、ひえぇ……」


 美咲さんはケラケラ笑うが、俺にはシャレにならない。


「あは、今の蒼真のがよっぽど強いよ。お父ちゃんはもやしっ子だったからねえ」


「ああ、なんか――繊細で優しそうな人でしたよね」


「そうだよ。だから私なんかに組み伏せられちゃうんだ。羽依の誕生エピソード、聞かせてやろうか?」


「え……なんか怖そうだから遠慮しておきます」


「あはは! まあ、気が向いたらね」


 美咲さんはおかしくてたまらないといった様子で笑い続けた。

 その横顔は、どこかあどけなく見えて――。

 ふと、俺たちは同じ年齢なんじゃないかと錯覚するほどだった。


「そういや美咲さんは今でも勉強してるって、前に羽依から聞きました」


「ああ、暇なときにね。いつか大学いけたらってずっと思ってるんだ」


「美咲さんはやっぱり……すごいです」


「ふふん、蒼真にはね、誰にも話したことがない私の夢を教えてあげよっか?」


「え、何だろ……めっちゃ気になる」


「私の夢は……医者だよ。大学は東大理三」


「……え?」


本気なのかネタなのか、正直判断がつかない。

きっと国内最難関だったはず。


「いいね! その反応! ――それでいいんだ。自分でも無理があるとは思ってるよ」


「ああ、いや、まさかそんなすごい話だったとは。――理由を聞いてもいいですか?」


「お父ちゃん――博士の死因は羽依から聞いたかい?」


「はい……ただの風邪って言ってました……信じられないぐらい悪化したって」


「だろ? ――ったく、もやしっ子にもほどがあるってんだよ。おかげでどれだけ私たちが苦労したことか……」


 酷い言い草だけど、その表情はとても辛そうで……。


「今でも納得できないんだよ……なんであっさりと……私たちをおいて逝ったんだか」


「……」


「――でも、お父ちゃんのほうがよっぽど納得できなかったろうね。羽依もお父ちゃんのことが大好きだったから、ずっと泣いてて……」


 だんだんと震える声がかすれる声に変わっていく……。

 今度は俺が美咲さんを抱きしめる番だった。


「あは、ごめんね蒼真……こんな湿っぽい話をするつもりじゃなかったんだよ……」


「いえ、聞かせてもらってよかったです。じゃあ医者を目指すのって……」


「別に大した理由じゃないんだ。ただ、人をぶっ壊すのが得意な私が人を治すことができたなら……皮肉が効いてて面白いだろ?」


 少し強がりをみせる美咲さん。


「それに身近な人を守れたら……もうあんな悲しい思いはすることないのかなってね……」


「それが美咲さんの夢……ですか」


「そうだよ。元々お父ちゃんから大学に行けって言われててね。高校中退の私に一生懸命勉強を教えてくれたんだよ」


「ああ、元々うちの学校の先生だったんですものね。そりゃ最高の家庭教師だ」


「ふふん、おかげで今C判定だよ。どうだい? すごいだろ?」


「ええ! ちょっと、マジですか!? 東大理三をC判定!?」


「まあね~!」


 なんだかとても得意げな美咲さん。

 ――いやそれは自信たっぷりにもなるだろう……。すでに大抵の医大に入れるんじゃないか……?


「いやびっくりした……ならもう大学行ってもいいんじゃないですか?」


「おばかだねえ……お金だってかかるだろ? 羽依が大学卒業してからの話だよ」


「ん~……なんだかもったいない気もするけど。仕方ないのかなあ……」


「あくまで夢は夢さ。実現しなくてもいいんだよ。勉強は趣味みたいなもんだしね」


「やっぱ美咲さんってすごいです。本当に尊敬します」


「そうかい? ――まあ、私なんかが誰かを幸せに出来るなら、そりゃ嬉しいね。つまるところ、それが夢だよ」


「あはは、美咲さんは今でも美味しいご馳走で、みんなを幸せにしてるじゃないですか」


 俺の言葉にビクンと反応する美咲さん。一気に表情が緩んでいく。


「ん~! そんなこと言われたら……ますます蒼真のこと、好きになっちゃうじゃないか!」


 彼女のもっとも喜ぶ場所をくすぐったようだった。布団でばたばたとする仕草は羽依そのまんまだった。


 なんとも可愛らしい仕草が落ち着いた頃――。


「明日も早いんだろ? そろそろ寝ようか」


「はい、おやすみなさい美咲さん」


「おやすみ、蒼真」


 そういって俺の額に口づけする美咲さん。

 柔らかい温もりのなかで静かに意識が沈んでいった――。



 ――――――


 遠くで誰かの泣き声がする。

 視界は靄がかかったようにぼやけて、世界がゆっくり形を変えていく。


 ――ああ、これは夢なんだ。


 美咲さんと……ひょろっとした男性の姿が……。


「博士さん……会いたかった……ずっと、ずっと……」


「美咲、すまなかったね。羽依のこと、お店のこと、本当にありがとう……」


「ううん、でも、寂しかった。怖い思いもいっぱいしたし……」


「ああ、ずっと見てたよ。美咲が羽依を守ってくれたことも。何も出来なくて……不甲斐ない私を許してくれ……」


「いいの。こうしてまた会えたんだから。ずっと、今でも……先生のこと愛してます」


「はは、懐かしいね、その呼び方……すまない。もう行かないと……」


「そんな……また私たちを置いていくの……?」


「もう大丈夫だろ。美咲は強いんだ」


「待って! せめて、もう一度……もう一度だけでも……」


「美咲……我儘言っちゃいけないって……ってちょっと?」


「逃がすもんかっ! そらつかまえたっ! ほら脱げ! 抱けっ!」


「えええ! まてって!」


「このおばか! ここで会ったが百年目だよ! 観念しな!」


「ちょおっ! おまえっ! 今そういうところじゃないだろ! ああああ!」



 ――――――


 アラームの音で目が覚めた。

 朝の五時だ。


「……なんだ今の夢は」


 隣を見ると美咲さんはもういなかった。


 リビングに向かうと鼻歌混じりの美咲さんが朝食を作っていた。


「おはようございます。今日は早いですね」


 俺を見るなり、美咲さんはなぜか顔を真っ赤にする。


「あ、あはは! おはよう蒼真! その、――どこか痛くないか?」


「いえ? とくには……」


「ああそっか! ならいいんだ……うんうん」


 そう言って再び鼻歌交じりに料理する美咲さん。


 はて、何かあったのだろうか。

 今朝見た俺の夢も、もう思い出せなかった。




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