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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第249話 束の間の団らん

 今夜、俺は美咲さんにきちんと説明する。

 羽依と同じぐらい真桜のことを好きだと。

 そして、羽依と同じように接していて、三人の関係が納得の上で成り立っていることを。


 もっと早くに言うべきだった。

 でも、そんな勇気は持ち合わせているはずがなかった。

 いったいどれだけ美咲さんに助けられただろうか。

 彼女は職と住まいを赤の他人である俺に与えてくれた。

 美咲さんがいなければ、今でも俺の母親はあの最悪な男に捕らわれていただろう。


 実の母親より母親らしい美咲さんに、恩を仇で返すような真似をしている。

 考えれば考えるほど、自分がどうしょうもないクズに思えてしまう。

 そんな考えがさっきから俺の頭を支配している。自己肯定など到底無理だった。


 店に入ると美咲さんと目が合った。俺を見た途端に顔をほころばせ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 いつもの優しく家庭的な美咲さんの香りに包まれて、帰ってきたなと実感する。


「おかえり蒼真。待ってたよ」


 ほんの一週間程度だけど、とても懐かしく思えた。


「表は寒かったろ? 早く部屋であったまりな」


「いえ、タクシーだったから全然寒くなかったんですよ。贅沢しちゃいました」


「あは、なんだかすごいね! さすがはお嬢様のお側付きだ。そうそう、仕事の方は順調なのかい?」


「ん~……屋敷が大きすぎて掃除が大変だけど、元々好きなことだから苦じゃないです。お嬢様も優しくしてくれてますし」


「そっかそっか、ならよかったよ! じゃあ続きはご飯のときに聞こうか。今夜はおでんだよ!」


 おでんと聞いた途端、羽依がぴくりと反応する。


「やったー! おでん大好き!」


 羽依が飛びかかるように美咲さんに抱きついた。相変わらずの甘えっぷりに思わず顔が緩む。帰ってきたなって実感が一層湧いた。



 テーブルの上にカセットコンロが置かれ、大きな寸胴鍋でおでんがコトコト煮込まれていた。立ち上る香りが鼻をくすぐり、途端にお腹がぐうっと鳴った。


「もうできてるからね。座って待ってな」


 羽依が茶碗にご飯をよそい、そっと俺に差し出す。今日のご飯は桜ご飯だった。ほのかにしょっぱい香りが食欲をそそる。

 ああ、絶対おでんに合うやつだ。


「うちはね、おでんのときは桜ご飯なんだよ~」


「あ~そういや俺んちもそうだった。これって全国共通なのかな?」


「ん~わかんない! でも、美味しいよね~。おでんと相性抜群だし!」


 食卓にはおでんと桜ご飯、そして大根の漬物が添えられている。

 美咲さんが缶ビールを開ける「カシュッ」という音とともに、今夜の晩ごはんが始まった。


「いただきまーす!」


 雪代家のおでんは具が豊富だ。餅巾着や牛すじ、串に刺さったタコも入っている。どれもいい感じに色づいていて、しっかりと味が染みていそうだ。見た目だけですでに美味い。


「餅巾着ってマジうまいよね……考えた人天才かよ」


「だよね~。でも、ごはんとお餅の組み合わせは危険だよね……でも食べちゃう!」


「食べたら運動すりゃいいんだよ。羽依、ちょっとモチモチしてきたんじゃないのかい?」


 そう言って羽依の脇腹をつつく美咲さん。


「ひゃん! ちょっと、食べてる最中にやめてって! ――蒼真、私太った?」


「え~どうだろう? 変わってなさそうだけど?」


「う~……太ったら太ったって言ってね! 怒るから!」


「清々しいまでに理不尽だなあ……」


 そんな他愛もない話で大笑いしながら、合宿のことや俺の仕事の話、最近のお店の様子なんかにも話題が広がった。

 夕飯は最後まで賑やかだった。

 

 なくしたくない、かけがえのない俺の居場所だと改めて思う。だからこそ、美咲さんには伝えなくてはいけないと思った。



 羽依が風呂から出てリビングでぼーっとしていると思ったら、うつらうつらとそのまま寝てしまった。なんだかんだで疲れてたんだろう。


「あちゃー寝ちゃったか」


 美咲さんがそっと羽依にブランケットをかけてあげる。その瞳は小さい子を見守る母親そのものだった。


「蒼真、羽依を部屋に連れて行くからさ、ちょっと支えておくれ。こうなっちゃうと、この子起きないからねえ」


「ああ、だったら俺が抱えていきますよ」


 羽依をお姫様だっこして階段を上がる。彼女の軽い体なら特に苦ではなかった。


「へえ……大したもんだ。初めて会った頃よりずっと逞しくなったね。ほんと見違えたよ」


 後ろから付いてきた美咲さんが感慨深げに言う。


「そうですか? だったら嬉しいです」


「えらいえらい。蒼真は本当にいい男だよ!」


 ――果たして本当にいい男と言えるのか……。美咲さんの褒め言葉がやたらと辛く感じた。

 

 俺の自己否定感と美咲さんの優しい言葉は余りに相性が悪かった。


「ぜんぜん……そんなことないですよ」


「うん? まあ自分じゃわからないんだよ。蒼真はいつだって真面目で誠実で優しいんだ。私が太鼓判を押してやる!」


 ――やめてくれ! と心の中で叫んだ。


 美咲さんからいい男と言われる資格なんて俺にはない。

 結果として俺は美咲さんを裏切っている。他人から見ればそうでしかない。

 激しい罪悪感と焦燥感が俺の中で渦巻く。

 これ以上黙っているのは美咲さんに申し訳ないし、俺も壊れてしまいそうだ。


 ――やっぱり、言おう。


 あわよくば理解される。そんなさもしい望みが胸の奥にあることが……なんとも情けなかった。



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