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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第247話 旅の終わりと焦燥感

 スマホのアラームが鳴り響き、意識がゆっくりと戻る。

 時刻は朝の八時。そろそろ起きなくては。


 昨夜のことを思い出すと嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。

 ――だめだ。思い出すとまた……変な気持ちになる。


 アラームが止んでも二人はまったく起きる気配がない。

 よっぽど疲れたんだな……と寝顔を見て納得する。

 もう少し寝かせておくことにした。


 軽くストレッチをしてから朝風呂に向かった。

 朝の海は夜とはまるで別物で、澄み切った空の下、光を受けた海岸がひたすら美しかった。

 いい場所だな、と改めて思った。


 朝食はハムエッグトーストとサラダにオニオンスープを作る。

 キッチンに立っていると、外から聞こえる波の音がなんだか心地よかった。


 鍋からコンソメの香りがふわりと立ちのぼる。

 その匂いに釣られたのか、二人がのそのそと起きてきた。


「おはよー……ああ、蒼真……朝食の準備ありがとー……」


「私もこんなに寝坊するなんて……ごめんね蒼真……」


 寝起きでぼさぼさの髪に、着崩れた浴衣。完全に油断した二人の姿に思わず苦笑した。


「はは、いいって。二人とも朝風呂行ってきたら? めっちゃ気持ちよかったよ」


 その言葉を聞いて、二人は互いの姿を見合わせる。ようやく現状を把握したらしい。


「行ってくるね!」

「ごめんね! じゃあ準備よろしく!」


 二人はバタバタと風呂へ突入していった。

 正直言えば、寝起きで乱れた姿をもう少し見ていたかった。俺だけに見せる姿だから。


 ようやく三人でテーブルにつく。

 焼けたトーストの香りがふわっと鼻をくすぐり、なんだか幸せな気分になる。

 三人で手を合わせて朝食を始めた。


「食パンもちもちだねー。高級感がすごい!」


「ほんと、良いもの準備してくれちゃって、なんだか遥さんにお世話になりっぱなしね……この先が少し怖いわ……」


 そう怯えたようにつぶやく真桜。


「え? そんなに怖い? 何か厳しいこと言ってきたりするの?」


 俺の質問に真桜は途端に眉をしかめる。


「逆に聞くけど……彼女、厳しいこと言ってこないの? 私にはすごいのよ?」


「え……まじで? ごめん、ちょっと想像つかない……」


 真桜の言葉に思わず固まる。そんな俺を見て、彼女は深い溜め息をついた。


「あの人は完璧主義なのよ。蒼真も気をつけなさいね」


「ええ……そうなんだ……気をつけます」


 なんとも意外な話だった。昔の対立を未だに引きずっているのたろうか。

 厳しい姉さんを想像してみる。――うん、怖い。



 朝食を終えた俺たちは昨晩の続きを始める。もちろん勉強だ。


「タクシーの迎えが十四時に来るからさ、十二時まで勉強して、片付けをしてからここを出よう」


 この二日間のテスト合宿はとても有意義だった。彼女たちから指導を受けつつ、俺も先輩から学んだことを伝えることができた。短期間とは思えないほど成長できた気がする。


「マジで蒼真やばいね。真桜、もうちょっと本気ださないと私たち抜かれちゃうかも!?」


「私は常に本気よ。手を抜いたことなんてないわ」


「はは、真桜らしいね。――じゃあさ、俺はあと何を頑張れば点伸びると思う?」


 俺の質問に真桜は首を傾げる。


「そうねえ……あとはケアレスミスが問題かしら。地道に反復するしかないわね」


「だよね~。蒼真、トップを目指すなら楽な道なんてないんだよ!」


「そりゃそっか。――よし、もっと頑張るかあ!」


 勉強に近道はなしか。学年一、二位が言うのだから間違いない。


 ふと、羽依が首を傾げて俺を見る。


「それにしても、どうして蒼真は一位を目指すの?」


「先輩たちに焚き付けられたってのがきっかけだよ」


「でも、それだけじゃなさそうよね。顔に書いてあるわよ」


 俺を見透かしたように言う真桜。まあ正解なんだけど。


「そうだね……春先は落ちこぼれだった俺がさ、一位を取れたら……なんか達成感すごそうだなって。二人の彼氏として自分を認められる。そんな気がしたんだ」


 俺の独白に羽依と真桜は頬を緩める。


「そっか……えらいね蒼真。でも、今でも十分いい彼氏だよ」


「ふふ、そうね。あなたはとても頑張ってる。――いつだって素敵よ」


 二人にまっすぐ褒められるなんて、ほとんどなかった。

 胸の奥がじんわり温かくなって、少し照れくさいけど……それ以上に嬉しかった。


「それとね――学年末テストで一位を取った人が卒業式の送辞を読むのが、我が校の伝統なの。きっと御影さんは、あなたに送ってもらいたいって思ってるんだわ」


「え? そうなの? そりゃ初耳だ……」


 しーちゃんを俺の言葉で送りたい。頑張る理由がまた一つできた。


「んふ、ますます頑張らないとね、蒼真!」


「もちろん手は抜かないわよ。全力でね!」


「ああ、みんなで満点目指して頑張ろう!」


 俺たちは奮起し、時間いっぱいまで勉強に励んだ。

 

 十二時のアラームが鳴り、勉強を終える。

 後片付けを済ませ、名残惜しさを胸に部屋を後にした。


 ――また来たいな。次は勉強じゃなくて、遊びで。


「近くに道の駅があるんだ。そこで軽くお昼を食べて、まだ戻ってこよう」


「うん! じゃあおみやげもそこで買っていこうね~」


 歩いて五分ほどで目的地の道の駅に到着した。日曜日で多くの観光客で賑わっている。そんな喧騒の中、混み合う食堂でどうにか席を確保し、うどんを注文した。シンプルな月見うどんで味も普通だ。だがこれがいい。


「こういうところで食べるうどんが美味いんだよなあ……」


「わかる~! サービスエリアとかね! つい頼んじゃう!」


「ふふ、そうよね。あとフランクフルトとアメリカンドックにたこ焼きとかね!」


「うん、美味しいよね!」

「お、おう……そうだね……」


 彼女のテーブルには今言ったレパートリーに加えて焼き鳥と肉まんも添えられていた。幸せそうに頬張る真桜を見ているだけでこっちも幸せになるが、胃はもたれてくる。


 お腹もこなれたところで、土産に頭を悩ませる。結局遥さんとしーちゃんには葉山で有名なスイーツを、美咲さんには「葉山牛しぐれ煮」をおみやげに選んだ。


「これめっちゃ美味しそうだよね~。お母さんお酒すすんじゃうね!」


「でしょ? 美咲さん喜んでくれるといいね~」


 羽依と楽しそうにお土産を選んでいるすぐ隣で、真桜は棚の前に立ち、ひとつのキーホルダーをじっと見つめていた。


「これがいいかしらね……」


「真桜、誰かのお土産?」


「ええ、隼に何か買ってあげようかなって」


 そう言って笑いながら、喜びそうなものを一生懸命に探す真桜。

 その様子に、心の奥でちくりとトゲが刺さったような痛みを感じた。


「蒼真、どうかしらこれ……蒼真?」


「あ、ああ、いいんじゃないかな? 御当地っぽくて。――今日の旅行のこと、隼には何て言うつもり?」


「え……勉強合宿って言うつもりだけど……言わないほうがいいのかしら?」


「ああ、いや、そんなわけじゃないんだ。――真桜からのお土産ならきっと喜んでくれると思うよ」


「ふうん……? まあこれでいっか。じゃあお会計してくるわね」


 今回の旅行は隼には声をかけなかった。

 遥さん頼みのプランだったこともあるが――本音を言えば、三人だけで来たかった。


 夏の旅行を思えば、やはり後ろめたさは拭えない。


 ――それに隼は……もしかしたら真桜のことを……。


 そこまで想像した瞬間、胸の奥がざわついた。

 それ以上深く考える前に、小さく首を振る。


 ――せっかくの楽しい旅行の終わりに、何を考えてるんだ俺は。


 ただ……その小さな痛みだけは、しばらく胸に残りそうだった。

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