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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第243話 合宿へ出発

 二月初週の土曜日。

 今日は待ちに待ったテスト合宿の日だ。

 早朝、憂鬱そうな姉さんを見送ったあと、結城道場に赴き汗を流す。


「真桜……お出かけ前だからほどほどに……ね」


「駄目よ、どれだけサボってたと思ってるの。ただでさえ週に一回しか稽古していないのに。ほらっ! 隙だらけ!」


 そう言いながら足払いで倒し、そのまま組み伏せてくる真桜。微妙に口角が上がっているのは愉悦の証。相変わらず怖い子だった。


 二時間ほど稽古し、シャワーを浴びるとちょうど昼時になった。


「そういやお昼どうしよう?」


「いなり寿司を作ってあるわ。それでいいかしら?」


「いいね! ありがとう!」


 手早く食べれるものを用意してくれる心配りが真桜らしい。

 テーブルに置かれたのは普通のと五目の二種類だった。


「すご……相変わらず妥協がないね……」


「うちはいつも二種類なのよ。ほら、我儘なお祖父様のせいでね……」


「ああ、なるほど。――そういや理事長って外泊とか厳しく言わないんだ?」


「そうねえ……特に言われないわ。信用されてるからかしら」


 どことなく他人事に聞こえてしまう真桜の口ぶり。


「へえ~……わりと放任だよね」


「多分、私に厳しいことを言ったら自分の自由がなくなるからよ。お祖母様が亡くなってからは翼が生えたみたいにあちこち行ってるもの」


 どこか冷めた声音。結城家も色々あるようだ。


「蒼真の家は? 実家とは連絡してないの?」


「うん、まったく。キッチン雪代でみんなでご飯食べたっきり会ってないし」


「そう……あなたの家も案外あっさりしているのね」


 妙な親近感が胸に広がって、二人して少し笑ってしまった。


 食事を終えた俺たちは結城家を出て九条邸へ向かう。


 真桜の今日の装いは、白のチェスターコートに黒のタートルニット。グレーチェックのミニプリーツから伸びる脚にはタイツもなく、冬の寒さをものともしていなかった。

 鍛えられた脚線の美しさが隠しようもなく際立っていて、ロングブーツがそこに品よくアクセントを添えている。

 清楚で品があるのに、どこか攻めた可愛さがあって――正直、似合いすぎていた。


 俺が荷物を取ってくる間、真桜にはリビングで待ってもらう。


「家主がいない家に入るのって、なんだか気が引けるわ……」


「まあそうだよね。でも、自由に使ってとは言われてるよ。姉さんの部屋は鍵かかってるし」


「姉さん? ああ、そうだったわね」


「うん、遥さんね。一応秘密だけど、真桜は知ってることだし」


「ええ、なんだかとても自然に出たわね……その様子だと仲良くやっていそうね」


「随分気を使ってもらってるよ。――でも、最初の頃とだいぶ印象変わったね」


「そりゃそうよ。あのときの私との仲は最悪だったもの。――目で殺されるかと思ったわ」


 そういって思い出し笑いする真桜。ほんの数ヶ月前のことなのに、遠い出来事のように感じる。


「十三時。そろそろ予約したタクシーが来る頃だ。表で待とうか」


 戸締まりをし、外に出る。

 ほどなくしてタクシーが到着した。若い女性ドライバーがにこやかに挨拶する。


「ご予約ありがとうございます。九条様からのご依頼で、『キッチン雪代』を経由して、『リゾートイン葉山』でよろしいですか?」


「はい、お願いします」


 タクシーが走り出し、五分ほどでキッチン雪代に到着した。

 そこにはボストンバッグ片手に羽依が立っていた。


 羽依はグレーのダッフルコートに、白のゆったりニット、黒のショートパンツという装いだった。

 深い黒のタイツが脚のラインをすらりと見せ、ショートブーツとの相性も抜群だ。首元には赤みのあるチェック柄ストールを巻いていて、まるで冬のCMを切り取ったような可愛さだった。

 寒さの中で柔らかい温度をまとっていて、羽依ならではの“特別な可愛さ”が際立っていた。


「やっほー! 真桜、蒼真! いい天気でよかったね!」


「ほんとよね。私の日頃の行いのおかげよ。蒼真、感謝しなさい」


「あ〜……ありがとう? いや、でもさっき稽古で散々痛めつけられたんだけど……それって行いがいいの?」


「もちろんよ」


 有無を言わせぬ強者の不遜。ぐぬぬ……。


 後部座席に羽依、俺、真桜の順に座る。


「高速を使って一時間程度のドライブになります。気分が悪くなったら言ってくださいね~」


 俺たちは「は~い」と気の抜けた返事をした。


「羽依はちゃんと眠れた?」


「うん! ばっちり! 蒼真は?」


「俺もばっちり眠れたよ。真桜は――って、もう寝てるっ!? 早いな!」


「真桜はね、楽しみすぎて昨夜眠れなかったんだって。可愛いよね~」


「そっか……だったら楽しい思い出もいっぱい作らないとね。勉強目的だけど、ちょっとは遊ばないとね」


俺の言葉に羽依は笑顔で頷く。


「んふ、私は海岸歩きたいな~」


「いいね。きっと海もきれいだよ」


「だよね! 楽しみ~!」


 羽依は首に巻いていたストールを膝にかけると、俺の手をそっと取り、ストールの内側へと誘導した。そのまま、自分の内腿へ押し当てる。


「……!」


 タイツ越しの柔らかな感触が掌に広がり、心臓が跳ねた。


 羽依は“してやったり”という笑みを浮かべる。


 ――長い禁欲期間には刺激が強すぎる。

 このまま葉山まで冷静でいられるのだろうか……。

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