第239話 姉さんの我儘
夕飯の食卓をしーちゃん、遥さん、俺で囲む。
よくよく考えれば前生徒会長と現役生徒会長だ。
そんな天上人なお二人は俺の姉と幼馴染だった。なんと恐れ多いことだろう。
特に取り柄のない俺のモブキャラ感が余計に際立つようだった。
「ブリ美味しい~! めっちゃぷるぷる~!」
たまらないといった感じにぎゅっと目を瞑り、じっくりと味わうしーちゃん。彼女の食生活を思えば家庭料理に飢えてそうなのはよくわかる。
「うん、いい味付けね。お刺身もとても美味しいし……いい目してるわね。さすが蒼真くん」
遥さんも、うんうんと頷きながら美味しそうに召し上がってくれる。ようやく役に立てたようで胸を撫で下ろした。
「そう言ってもらえて嬉しいです。実はスーパーで燕さん――俺の同級生のお姉さんです――に偶然会って、目利きしてもらったんです」
「燕さんって……高峰燕さんかしら。うちの卒業生で元生徒会長よね。文化祭のときにご挨拶をさせてもらったけど、とても綺麗で素敵な方よね」
「ああ、面識があったんですね。色々とお世話になった人なんです」
「ふうん……蒼真くんの周りには綺麗な人ばかり集まるわね……」
遥さんが訝しむような眼差しを向けてきた。
なぜか責められているようだが、『姉さんもその一人ですよ』と心の中で反論しておいた。
そんな俺の話に首を傾げるしーちゃん。
「でも、燕さんがそんなに帰りが早いのも珍しいね。 いっつも深夜まで働いてるからさ」
「へえ……そうなんだ。隼に手料理を作ってあげるんだって言ってたよ」
「あ~……うん、そっか。じゃあ今頃美味しく食べてるだろうね!」
一瞬だけ箸の動きが止まった。その沈んだ横顔が少し気がかりだった。
「そう、綺麗な人って言えばやっぱり羽依ちゃん! 初めて見た時は衝撃だったな~。なんだろう、あの黄金比みたいな圧倒的な顔の造形!」
話題を急転換したしーちゃんはあまりにも不自然だったが、その違和感は俺だけのもの。遥さんはうんうんと頷いている。
「そうね……羨むのもバカバカしくなるわ……」
苦笑混じりに遥さんは答える。
「いやいや、そういうお二人だって十分すぎるほど美人ですよ?」
俺の言葉に二人で顔を見合わせため息を付く。その仕草になぜか既視感がよぎった。
「羽依ちゃんの彼氏にそう言われてもねえ……」
責めるような視線を放つしーちゃんに理不尽さを感じた。
「ふふ、でも御影さんみたいな綺麗な方と同列に扱ってもらうのは、嬉しいけど……恐れ多いわね」
「そんなことない! 遥ちゃんめっちゃ綺麗だよ!このきめ細かい肌なんてお嬢様そのものだし。 ね、そーちゃん!」
話の振り方があまりに強引すぎて苦笑したいが笑えない。あくまで真面目に誠実に答えるよう務める。
「はい、間違いないです。そもそも優劣なんてないですよ。みんなすごく美人で間違いないです」
完璧な回答だったと思った。でも二人は釈然としない表情だ。
「ほんっと、口がうまいよね……。そーちゃんそのうち刺されるんじゃない?」
「そうね、ホント心配だわ。今のうち代わりの人を探さないとね」
「ひどっ! そんな、遥さんまで!」
俺の嘆きに二人は大いに笑うので、つられて笑ってしまった。オチに使われてしまった感があるが、夕飯は和やかに締められた。
それから遥さんの勧めでしーちゃんは泊まっていくことになった。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうね!」
「ええ、もし都合さえ良ければ家庭教師の日は泊まってください。その方が安全ですし、私も助かります」
遥さんは本心で勧めているのを察した。ここは俺も追従をしよう。
「あ~、それは良い案です。――しーちゃんどうせ家でまともにご飯食べてないでしょ。栄養あるもの食べて泊まっていく方が絶対いいって」
「うー……それを言われると辛い。じゃあ……遥ちゃんが迷惑じゃなかったら……」
「はい! では決まりですね!」
遥さんは嬉しそうにポンと手を合わせた。
――きっと遥さんも今まで寂しかったのかな。俺も同じく一人暮らしだったから気持ちはとても理解できる。
しーちゃんがお風呂に行ってる間、俺と遥さんは洗い物を片付ける。
「あーあ。蒼真くんと御影さんの仲を見せつけられちゃったなー」
ため息混じりに遥さんが言うが、どことなく芝居がかってるように聞こえる。
「まあ……仲が悪いよりはいいんじゃないですか」
どう答えていいかもわからないので、とりあえず適当に流す。
「むう、そういう態度を取るんだ。生意気」
そう言って俺の脇腹をついてきた遥さん。
「あ、こらっ!皿を持ってるんだから危ないですよ!」
「ふんだ。あーあ。これから御影さんが来るたびに見せつけられるんだ。あーあ」
口を尖らせてぶつぶつ言うが、完全に芝居がかってる。むしろとても楽しんでいるように見える。コップを磨くのに手と一緒に腰を振る仕草が妙に可愛らしい。
隣で一緒に片付けをしているが、距離感がやたらと近い。というかほぼくっついてる。
片付けを終えてお揃いのエプロンを外した俺たち。
遥さんはじっと俺を見て両手を広げてる。
「えっと……す◯ざんまいの構え?」
「お姉ちゃんはそんなボケを聞きたくありません。お姉ちゃんは心が傷ついてます」
「はあ……」
そしてさらに近づいて両手を広げた遥さん。
「んっ!」
早くしろとばかりに唸る遥さん。
「姉さんってこんなに我儘でしたっけ……じゃあ、失礼します」
ぎゅっと姉さんを抱き寄せる。彼女の柔らかさと甘い香りに顔が熱くなってくる。
「だって……御影さんにはとても親しいのに、私にはまるでお客さんみたいな接し方……」
拗ねたような口調の姉さん。冗談の中に、いくらかの本音も混じっていたようだった。
「あ……すみません……嫌でした?」
「全然嫌じゃなかったの。丁寧に、大事にされてるって思えて嬉しかったの。でも、二人の距離感を見てると羨ましくなっちゃって……ね、我儘でしょ?」
――なんて可愛らしいことを言う人なんだろう。素直にそう思った。
「本当に我儘な姉さんだ。じゃあ二人の時はもう少しだけ柔らかく話すようにしましょうか」
「ぷっ……ふふふ、もうすでに硬いじゃない。じゃあどうやって柔らかく話してくれるの?」
少し考えた結果、やはり俺らしい言葉を選ぶことに。
「姉さん、明日からもよろしくね。学年末テスト一位目指して頑張るよ」
「うん、一緒に勉強頑張ろうね! 蒼真!」
そう言って俺の頬に軽く口を触れてきた姉さん。
その熱に、じわりと染み込んでくる想いを感じた。




