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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第239話 姉さんの我儘

 夕飯の食卓をしーちゃん、遥さん、俺で囲む。

 よくよく考えれば前生徒会長と現役生徒会長だ。

 そんな天上人なお二人は俺の姉と幼馴染だった。なんと恐れ多いことだろう。

 特に取り柄のない俺のモブキャラ感が余計に際立つようだった。


「ブリ美味しい~! めっちゃぷるぷる~!」


 たまらないといった感じにぎゅっと目を瞑り、じっくりと味わうしーちゃん。彼女の食生活を思えば家庭料理に飢えてそうなのはよくわかる。


「うん、いい味付けね。お刺身もとても美味しいし……いい目してるわね。さすが蒼真くん」


 遥さんも、うんうんと頷きながら美味しそうに召し上がってくれる。ようやく役に立てたようで胸を撫で下ろした。


「そう言ってもらえて嬉しいです。実はスーパーで燕さん――俺の同級生のお姉さんです――に偶然会って、目利きしてもらったんです」


「燕さんって……高峰燕さんかしら。うちの卒業生で元生徒会長よね。文化祭のときにご挨拶をさせてもらったけど、とても綺麗で素敵な方よね」


「ああ、面識があったんですね。色々とお世話になった人なんです」


「ふうん……蒼真くんの周りには綺麗な人ばかり集まるわね……」


 遥さんが訝しむような眼差しを向けてきた。

 なぜか責められているようだが、『姉さんもその一人ですよ』と心の中で反論しておいた。

 そんな俺の話に首を傾げるしーちゃん。


「でも、燕さんがそんなに帰りが早いのも珍しいね。 いっつも深夜まで働いてるからさ」


「へえ……そうなんだ。隼に手料理を作ってあげるんだって言ってたよ」


「あ~……うん、そっか。じゃあ今頃美味しく食べてるだろうね!」


 一瞬だけ箸の動きが止まった。その沈んだ横顔が少し気がかりだった。


「そう、綺麗な人って言えばやっぱり羽依ちゃん! 初めて見た時は衝撃だったな~。なんだろう、あの黄金比みたいな圧倒的な顔の造形!」


 話題を急転換したしーちゃんはあまりにも不自然だったが、その違和感は俺だけのもの。遥さんはうんうんと頷いている。


「そうね……羨むのもバカバカしくなるわ……」


 苦笑混じりに遥さんは答える。


「いやいや、そういうお二人だって十分すぎるほど美人ですよ?」


 俺の言葉に二人で顔を見合わせため息を付く。その仕草になぜか既視感がよぎった。


「羽依ちゃんの彼氏にそう言われてもねえ……」


 責めるような視線を放つしーちゃんに理不尽さを感じた。


「ふふ、でも御影さんみたいな綺麗な方と同列に扱ってもらうのは、嬉しいけど……恐れ多いわね」


「そんなことない! 遥ちゃんめっちゃ綺麗だよ!このきめ細かい肌なんてお嬢様そのものだし。 ね、そーちゃん!」


 話の振り方があまりに強引すぎて苦笑したいが笑えない。あくまで真面目に誠実に答えるよう務める。


「はい、間違いないです。そもそも優劣なんてないですよ。みんなすごく美人で間違いないです」


 完璧な回答だったと思った。でも二人は釈然としない表情だ。


「ほんっと、口がうまいよね……。そーちゃんそのうち刺されるんじゃない?」


「そうね、ホント心配だわ。今のうち代わりの人を探さないとね」


「ひどっ! そんな、遥さんまで!」


 俺の嘆きに二人は大いに笑うので、つられて笑ってしまった。オチに使われてしまった感があるが、夕飯は和やかに締められた。



 それから遥さんの勧めでしーちゃんは泊まっていくことになった。


「じゃあ、お言葉に甘えちゃうね!」


「ええ、もし都合さえ良ければ家庭教師の日は泊まってください。その方が安全ですし、私も助かります」


 遥さんは本心で勧めているのを察した。ここは俺も追従をしよう。


「あ~、それは良い案です。――しーちゃんどうせ家でまともにご飯食べてないでしょ。栄養あるもの食べて泊まっていく方が絶対いいって」


「うー……それを言われると辛い。じゃあ……遥ちゃんが迷惑じゃなかったら……」


「はい! では決まりですね!」


 遥さんは嬉しそうにポンと手を合わせた。

 ――きっと遥さんも今まで寂しかったのかな。俺も同じく一人暮らしだったから気持ちはとても理解できる。


 しーちゃんがお風呂に行ってる間、俺と遥さんは洗い物を片付ける。


「あーあ。蒼真くんと御影さんの仲を見せつけられちゃったなー」


 ため息混じりに遥さんが言うが、どことなく芝居がかってるように聞こえる。


「まあ……仲が悪いよりはいいんじゃないですか」


 どう答えていいかもわからないので、とりあえず適当に流す。


「むう、そういう態度を取るんだ。生意気」


 そう言って俺の脇腹をついてきた遥さん。


「あ、こらっ!皿を持ってるんだから危ないですよ!」


「ふんだ。あーあ。これから御影さんが来るたびに見せつけられるんだ。あーあ」


 口を尖らせてぶつぶつ言うが、完全に芝居がかってる。むしろとても楽しんでいるように見える。コップを磨くのに手と一緒に腰を振る仕草が妙に可愛らしい。

 隣で一緒に片付けをしているが、距離感がやたらと近い。というかほぼくっついてる。


 片付けを終えてお揃いのエプロンを外した俺たち。

 遥さんはじっと俺を見て両手を広げてる。


「えっと……す◯ざんまいの構え?」


「お姉ちゃんはそんなボケを聞きたくありません。お姉ちゃんは心が傷ついてます」


「はあ……」


 そしてさらに近づいて両手を広げた遥さん。


「んっ!」


 早くしろとばかりに唸る遥さん。


「姉さんってこんなに我儘でしたっけ……じゃあ、失礼します」


 ぎゅっと姉さんを抱き寄せる。彼女の柔らかさと甘い香りに顔が熱くなってくる。


「だって……御影さんにはとても親しいのに、私にはまるでお客さんみたいな接し方……」


 拗ねたような口調の姉さん。冗談の中に、いくらかの本音も混じっていたようだった。


「あ……すみません……嫌でした?」


「全然嫌じゃなかったの。丁寧に、大事にされてるって思えて嬉しかったの。でも、二人の距離感を見てると羨ましくなっちゃって……ね、我儘でしょ?」


 ――なんて可愛らしいことを言う人なんだろう。素直にそう思った。


「本当に我儘な姉さんだ。じゃあ二人の時はもう少しだけ柔らかく話すようにしましょうか」


「ぷっ……ふふふ、もうすでに硬いじゃない。じゃあどうやって柔らかく話してくれるの?」


 少し考えた結果、やはり俺らしい言葉を選ぶことに。


「姉さん、明日からもよろしくね。学年末テスト一位目指して頑張るよ」


「うん、一緒に勉強頑張ろうね! 蒼真!」


 そう言って俺の頬に軽く口を触れてきた姉さん。

 その熱に、じわりと染み込んでくる想いを感じた。




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