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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第226話 決め事

 昼食を終えると、黒川さんは慌ただしく帰り支度を始めた。この後も仕事があるそうだ。会社役員には休日なんて、あってないようなものなんだろう。


「駿兄さん、もう帰っちゃうの? 晩も食べていけばいいのに」


 寂しげな遥さんと、それを穏やかに見つめる黒川さん。その対比が妙に絵になっていた。


「おいおい、ついさっき『さっさと帰って』って言ってたじゃないか。我儘お嬢様だな」


「だって、久しぶりにみんなでご飯食べて楽しかったんだもの」


 その素直さはどこか子供っぽく、黒川さんは優しく目を細める。そしてポンと頭の上に手を置いた。いつも大人びて見える遥さんの意外な一面に頬が緩んだ。


「たまには来るよ。ついでに蒼真を鍛えにな。お嬢様と、あの可愛い彼女を守れるように、もっと強くしてやる」


 俺に向けてニヤッと笑った。羽依のことも気にかけてくれる優しさ、懐の深さに胸の奥が熱くなった。


「はい、黒川さんにはもっと色々教わりたいです。総合格闘技の技も覚えたいですし」


 ふむ、と顎に手を当てて俺を見る。


「それならジム通うのが一番なんだけどな。でも、今は遥の面倒をみてやってくれ。その分、俺が直々にコーチしてやる」


「はい! よろしくお願いします!」


 軽く片手を上げて黒い高級車に乗り込み、走り去っていった。

 所作の一つ一つがとても格好いい。俺のあこがれの男性ナンバーワンだ。


 残された俺と遥さんは一緒に後片付けを始めたが、ふと疑問に思う。こういうのが俺の仕事ではないのかと。


「家事は俺に任せてください。遥さんは雇い主なんだから自分の時間を有意義に使ってくださいね」


 そんな俺の言葉に遥さんは不満げに口をとがらせる。――何かまずいこと言っただろうか。


「蒼真くん、二人の時はそんな主従関係を意識しないで」


 真剣な面持ちでジッと俺を見据える。少し戸惑いつつも遥さんの言葉の意図を探る。


「えっと……俺の仕事って家政夫みたいなものですよね? 家事や庭仕事、それにできる限りの遥さんの警護――そういう話だったと思ったけど」


 そう、だったら俺は、“何をするために、ここに来たんだ”と言う話になってしまう。


「駿兄さんの手前、さっきは言えなかったけど……」


 遥さんはそう言って俺の手を取り、両の手でギュッと強く握った。


「――そうよね……私も最初はそのつもりでいたわ。でも、真実を知ったからにはそれは無理。貴方は家族で同じ立場なの」


 遥さんの高潔さは、血のつながった弟を使用人のように扱うことは許せないようだ。でも……。


「俺は無理強いで働かされるわけじゃないですよ。対価もきちんと貰います。忙しい遥さんの役に立ちたくてここに来たんだから、そんなこと気にしないでください」


 少し言葉が強かったかのか、遥さんは避けるように視線をずらし、一呼吸置いた。そして再度俺を見つめる。強い眼差しに今度は俺がたじろいだ。


「蒼真くんって結構頑固なのね。――いいわ、今後の生活を含めて決め事をしましょうね」


「そうですね……それがいいかも。お互い譲れないところもあるでしょうし」


 険悪というほどじゃない。でも、どこか意固地になってしまった俺たちだった。


 今決まっているのは一週間の予定ぐらいだ。

 

 月曜から土曜日の朝まで九条邸でバイト。

 土曜の昼から夕方にかけて結城道場で稽古。

 土曜の夜から月曜の朝にかけて雪代家で休日を過ごす。

 そして月曜早朝に遥さんを迎えに行き、登校する。

 

 形の上では、週休二日。働きすぎってほどでもないはずだ。


 一番の問題は、“俺が九条邸で何をするのか”が、まだ曖昧なままだった。

 社長は、「家族として寄り添ってほしい」と言っていたが、今に思えば、ふわっとした内容なのも問題があったのだろう。


「遥さんが今一番頑張らないといけないことって、やっぱり勉強なんですかね」


「うん、特に英語の勉強ね。それは講師をお願いしてあるの。月水金の放課後に来てくれるわ」


「なるほど、じゃあ月水金の家事全般は俺がやりますね。火木は一緒にってのはどうでしょうか」


 多少の妥協点を出すことで話し合いをスムーズにする。そんな俺の思いを汲んでくれたように遥さんは頷いた。


「ん~……うん、それが効率的ね。今日明日に関しては仕事の引き継ぎも兼ねて一緒にやりましょう。それでいいわね」


「じゃあそうしましょう」


 決め終えたあと、二人で顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。


「まったく……これから先が大変そうですよ、遥姉さん」


「ふふ、でもお互い遠慮なしに言い合えそうでよかったわ。これからよろしくね!」


 そう言って俺の肘にぎゅっと掴まってきた遥さん。その柔らかさと、ふわっと漂う彼女の香りに心臓が跳ねる。

 姉と分かっていても、その事実を知ったのは、ついこの間だ。さすがに異性として意識してしまう。

 ――耐えるんだ、俺。


 

 

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