第222話 告白の向こう側
「志保さん、いつから気づいてたんですか……」
幼馴染だったという事実に、ただひたすら驚愕する。
「蒼真くんが入学したときからだけど確信はなかったんだ。でも寝言で『しーちゃん』って聞いてね。やっぱりそうなんだなって。懐かしくて……ついキスしちゃった」
キスをされたことよりも、今はただひたすら驚きで頭の中が一杯だった。
ふと思い出すのが志保さんの留学先。過去の会話の内容と確かに繋がっていた。
「ああ、そっか……アメリカに行ったって……」
「うん、両親が先にアメリカに引っ越してね。しばらくの間、私は祖父母に預けられていたの」
「それがうちの近所だったのか……すごい偶然ですね……」
「一体どんな確率だろうね。ね? 運命って思っちゃうでしょ?」
嬉しそうにはにかむ志保さんがとても眩しく見えた。
志保さんの俺に対する好意の原点がようやく分かった気がした。確かにこれは、運命と言える偶然だ。
最大の謎がすとんと腑に落ちた。
「少し寝て体も元気になった気がするし、蒼真くんがそーちゃんって分かってすっきりしたし。なんか嫌なことも全部忘れられそう!」
言われてみれば幽鬼のような険も取れ、生気に満ちた表情に見える。若い健康な体は十分な栄養と休養さえあれば、あっという間に回復するようだ。
「よかったです……ほんと、よかった……」
してきたことが報われるのは本当に嬉しい。鼻の奥がツンと熱くなった。
介護や看護職がとても魅力に感じてきたのはさすがに単純すぎるか。
晴れやかな表情も束の間、真剣な表情に変わる志保さん。
何かの決意をしたように俺に向き合う。
「蒼真くん、儀式を――したいの。私が先に踏み出すために」
「……はい」
きゅっと目を瞑り、深呼吸をする志保さん。そして目を開き――。
「蒼真くん。羽依ちゃん、真桜ちゃんと別れて、私と付き合ってください!」
真剣な面持ちと切迫したような言葉。それは冗談でないことが十分に伝わってきた。でも、俺の答えは決まっている。
「……それは出来ません。ごめん……なさい」
俺の真剣な返事に、志保さんはプッと吹き出した。
「もー! ちょっとは悩んでよ! 即答なんて酷いじゃない!」
結果が分かっていての告白だったようだ。悲しさを滲ませない志保さんの強がり。今、改めてこの人の強さと魅力を再認識した。
恋人としては繋がれない。でも、今なら――。
「恋人にはなれません。でも、これからは幼馴染として接していくのはどうでしょうか。ね、しーちゃん」
一筋の涙を流した後にニコッと微笑む志保さん。その表情はとても晴れやかに見えた。
「うん! そーちゃんの初めてももらったし、約束のキスも出来たし、ちょっと寂しいけど……でもゼロじゃないから!」
「はい、じゃなくて……そうだよしーちゃん。――ずっと待ってたのに、帰ってこないんだもん」
あの頃と同じように、時間を取り戻すように語りかけた。
しーちゃんは嬉しそうに頷いた。
「私もそーちゃんとずっと遊びたかった。あんなに性格の悪かった私のこと、好きって言ってくれたのはそーちゃんだけだった」
告白は俺のほうが先だったのか。やるじゃないか小さい頃の俺。女性を見る目は確かだったようだ。
「あの頃の私ってコロコロと太ってたし、歯も矯正前だったからね。性格だってめっちゃ悪かったよね。だから友達もいなかったし……」
「あ~そうそう、よくいじめられたんだ……服の中に泥団子入れられたり、痒くなる葉っぱの汁を腕につけられたり……ホントしーちゃん意地が悪かったな……」
「もー! 変なことばかり思い出さないで!」
ベッドに寝転がりながら、懐かしい思い出を語り合った。うっすらとした記憶が、今また鮮やかに色づいた。
時刻は十六時を過ぎる頃。俺のスマホにLINEが届いた。
羽依からだ。
「羽依たちが今からお見舞いに来たいって言ってるけどどうする?」
「ん~……そうだね。具合も少し良くなったし、私の気持ちも整理がついたし、何より大好きな羽依ちゃんに会いたいし!」
「じゃあ呼ぶね。……幼馴染のことってどうする? 話す?」
しーちゃんは思案顔を浮かべつつ、それからニヤッと笑みを浮かべた。
「二人だけの秘密ってのもなんか素敵だよね。でも、あの二人には少し“焦り”を与えよう。ふふ、あはは、あははは」
「あ~……やっぱりしーちゃんの素って性格悪いよね……」
「あはは、こんなところ見せられるのはそーちゃんだけね! なんてったって幼馴染なんだから!」
さあ覚悟しよう。これから針の筵が待っているんだ。
でも甘んじて受けようじゃないか。俺にはそれだけの罪があるのだから。




