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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第218話 つたない介護

 志保さんから体を拭いてほしいとお願いされ、酷く困惑する。

 先輩の要望とあらば何でもするつもりではいたが、こればかりはさすがに躊躇う。


 まずは必要性について考える。

 最後にお風呂に入ったのが一昨日なら年頃の女性なら体を清めたいはずだ。まして風邪を引いて大量の汗をかいている。清潔に保つためにも必要な行為だ。


 次に俺が行う上での妥当性だ。俺は九条家の研修で介護の教育も受けている。全身清拭は“丁寧さと尊厳”を重視することを教えられた。座学のみなのでうまく出来るかどうかは分からないが、何も知らないよりはいいだろう。


 後は彼女の真意か……。

 本当に俺でいいのだろうか。


「志保さん、一応聞きますが他に頼れる方はいないんですか? その、ご両親や飯野さんとか」


「……さっきの話、聞いてなかった? 弱ってるところを誰かに見られたくないの。君にはもう見られちゃってるし、裸だって見たでしょ」


 やばい、また機嫌を損ねそうだ。というか、こんなに気難しい人だったっけ……。


「いや、見たって言ってもほんの一瞬ですし、覚えてないですよ……」


「いいよ、嫌なら。じゃあ、歯を磨きたいから洗面所に連れて行って」


「あ、はい。手に掴まってください、そう、ゆっくりと……」


 そっと介添えしつつベッドから降ろし、洗面所まで連れて行く。

 まだふらふらと安定はしておらず、見ていてハラハラする。

 肩を貸すと、甘酸っぱい汗の匂いが漂ってきた。その色香は俺の心拍数を上昇させるが、きっと本人は気にするだろう。そんな匂い。

 

 洗面所につき歯を磨き、顔を洗う志保さん。


「ひどい顔……」


 鏡をみてポツリと呟く。


「ちょっと病気でやつれちゃいましたね。でもめっちゃ綺麗ですよ」


 俺の言葉をどう受け止めたのか。志保さんはつまらなそうにそっぽを向く。


「ベッドに連れてって」


「はい、かしこまりました」


 恭しく頭を下げてベッドまで肩を貸す。

 再びベッドへ寝かせ、一息ついた。

 気を使いすぎて胃がキリキリしてくる。介護は重労働だなと実感した。


「……くさいって思ったでしょ」


「いえ、むしろ良い匂いでもっと嗅ぎたいと思いました」


 俺の言葉に志保さんが顔を真っ赤にする。


「ばか、へんたい、キモすぎ、さっさと帰って、さようなら」


 吐き捨てるように言って、そっぽ向かれて寝てしまった。機嫌が悪いからとはいえ、さすがに堪える。


 ――やはり来ないほうがよかったんだろうか。


「ごめんなさい志保さん。俺、なにか気に障ることしちゃったんですかね……。スーパーで買ってきた食材は冷蔵庫に入れておきました。すぐに食べられるものばかりなのでお腹が空いたら食べてくださいね。じゃあ、帰ります……」


 返事はなかった。


 部屋を出ようとしたとき、すすり泣く声が聞こえてきた。


「志保さん……?」


「なんで……なんでそんなに優しいのよ……ばかあ……」


 とてもか細い声で泣きながら責める志保さん。

 ――もしかして、俺は彼女を傷つけている?


 良かれと思ってした行為が裏目に出ているとしたら……俺のやっていることは迷惑でしかなかったのか。


 でも、このまま志保さんを置いて帰ることは……もうできなかった。


「志保さん、俺はどうすればよかったんでしょう……」


「知らない! 自分でもなに言ってんだか分からないの!」


 すすり泣く声だけが部屋にしばらく続いていた。その間、ずっと自問自答していた。俺がすべきことは一体なんだろう。


 泣く子を放っておけるほど薄情になれず、彼女の気持ちに応えることも俺には出来ない。

 どっちつかずの大馬鹿者だな、俺は。


 ……だったら馬鹿になりきろう。嫌われても憎まれても、彼女のために出来ることをしよう。


 ほどなくして志保さんの泣く声が止まった。俺は一つ提案をする。


「志保さん、体を拭きましょうか? 俺、介護の勉強もしたんでちょっとは上手に出来るかもです」


 まだ涙目の彼女の顔に嫌悪が浮かぶ。


「は? 今このタイミングでそんなこと言う? ちょっとおかしいんじゃない?」


 呆れたように侮蔑する志保さんに一瞬足元を掬われそうになるが、ぐっと堪える。


「はい。俺は馬鹿でおかしいんです。ついでに変態で足フェチで噛みたい性癖を持ってます。きっと志保さんが思うような優しい男ではないです」


俺の吐露に志保さんは吹き出した。


「なにそれ、バカみたい。――そんな男を好きになった私までバカみたいじゃない」


 言った後にはっとした表情を浮かべ、様子をうかがうように俺の顔を見る志保さん。


 ――好きだって。


 彼女の憎まれ口はやはり愛情の裏返しか。

 そして俺がしていたのは、きっと“痛みを与える優しさ”だった。今さら気づいた。


 俺は今どういう顔をしているだろう。俺の顔を見た志保さんが挑発的な笑みを浮かべた。


「じゃあ変態の蒼真くん。私の体をすみずみまで綺麗に拭いてね」


 そう言って布団に潜りごそごそと動く。ベッドの外にポイポイとパジャマと下着を投げ捨てた。


「えっと、じゃあ準備してきます」


 ――あの布団の中はもう全裸か。そう思うと緊張で手汗が滲む。

 だめだ、俺が意識しては余計に辱めてしまう。無心になれ。


 まずは室温を高めに設定する。

 準備するものはバケツ、洗面器、熱いお湯、バスタオル、保湿クリーム、あとは着替えか。


 室温が上がり、お湯の準備も出来た。あとは清拭の心構えを思い出す。“丁寧さと尊厳”だ。


「志保さん、準備が出来ました。じゃあ始めます」


 志保さんは無言で頷き布団を捲る。

 顕になった白磁の体に思わず息を呑んだ――。


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