第50話 魔族令嬢は、王弟殿下と愛を誓う
秋の薔薇が美しく庭を彩る頃、エドワードと私の婚姻を祝う夜会が開かれた。
国中から、多くの諸侯が祝に駆けつけた。お茶会で何度かお会いしたご令嬢たちも、競うように華やかな姿で訪れた。
大広間のシャンデリアが燦然と輝き、庭に咲く薔薇が壁を彩る。弦楽の調べが静かに流れる中、諸侯の笑い声に穏やかに響いた。
深紅の薔薇を思わせるドレスを揺らし、エドワードのエスコートで広間に足を踏み入れると、歓声と拍手が巻き起こった。
周囲で心配されていた王妃派諸侯がなにか仕掛けてくる様子や、私を魔族の女だと冷ややかにいう令嬢もなく、時は緩やかにすぎていく。
エドワードと二人、次々と挨拶に来る諸侯へ笑顔を振りまいていると、現れた令嬢たちが淑女の挨拶を披露した。
「リリアナ様、お招きありがとう」
「本日は、誠におめでとうございます」
少し控えめだけど愛らしいドレスに身を包むのは、クラリッサとマリアンヌ。その顔は笑顔で輝いている。あの日以来、手紙のやり取りをしていたけど、こうして顔を見るのは本当に久しぶりだわ。
「クラリッサ、マリアンヌ!」
思わず二人を抱き締めると、辺りがざわめいた。二人も「リっ、リリアナ様!?」と慌てた声を上げる。王弟妃殿下という立場は厄介ね。せっかくお友達に会えたというのに、抱き締めたくらいでざわつくんですもの。
周囲から注目される中、少し二人から距離をとって「よかったわ」と呟く。
「二人とも体調がすぐれないと聞いて心配していたのよ」
「お心遣い、ありがたき幸せです」
「私が寝込んでいる時に果物を贈ってくれたのは、クラリッサとマリアンヌでしょ? それに私……歳が近いお友達が欲しかったの。だから、こうして来てくれて嬉しいわ」
二人の手を握りしめると、白い頬がピンクに染まった。
「また、アルヴェリオンの話を聞きたいわ。仲良くしてくださいね」
「リリアナ様……身に余る光栄です」
「これからも、お側にお仕えいたします」
二人の瞳に涙が浮かんでいた。
私たちの側を離れた彼女たちは、年齢が近い令嬢や子息に声をかけられたようだった。楽しそうな表情が見えたし、きっと大丈夫ね。
ほっと安堵すると、エドワードが顔を見つめるようにして「よかったな」と囁いた。
彼と微笑みを交わすと、私たちを呼ぶ声がした。振り返ると、ベルフィオレ公爵にエスコートされた夫人が淑女の挨拶をした。
「ベルフィオレ公爵夫人!」
「ふふっ、そのように声を上げてはいけませんよ、リリアナ様」
ベルフィオレ公爵夫人は「慎ましやかにね」と静かに窘める。それにハッとして、少しだけ恥ずかしさが込み上げてきた。
「エドワード殿下、リリアナ様、この日をお迎えしたこと、心よりお祝い申し上げます」
「ベルフィオレ公爵、これからもなにかと手を借りることもあるだろう。よろしく頼む」
「もちろんでございます。我がベルフィオレ公爵家は、アルヴェリオン王家の栄光と共に。今後も尽くす所存にございます」
「私も、美しき殿下の薔薇を輝かせるべく、お支えいたします」
「心強い。頼りにしている」
穏やかに微笑んで頷くエドワードは、しばらくの寒歓談の後、私の手を引いて庭園へと誘い出した。
秋の薔薇が魔法の灯に照らされ、見上げる空には星のヴェールが広がる。庭園はなんとも幻想的な光で包まれていた。
「エド、皆さんがいるのに、いいのですか?」
「少しくらい、いいだろう」
笑っていうエドワードは、赤い薔薇で覆われたパーゴラの中へと私を誘うと、側に控えるデイジーとローレンスを下がらせた。
大広間から賑やかな楽曲が聞こえてくる。
「ダンスが始まったみたいですよ。行かなくてよろしいのですか?」
「少し休んでからでも問題ないだろう」
誘われるままベンチに腰を下ろし、エドワードと向き合う。
「……エド、どうしたの?」
左手をそっと握るエドワードを不思議に思い、小首を傾げていると、静かな声が「リリアナ」と私を呼んだ。
少しひんやりとした秋風が、赤い薔薇を揺らした。
「君を迎える前、私はエルダーフラワーの木に、君を守ると誓った」
夏の陽射しの下見上げた真っ白な花を咲かせる木が、脳裏に浮かんだ。
エドワードの手を握りしめ、薄暗いパーゴラの中で見つめると、彼は「もう一度ここで誓いたい」と告げる。
「リリアナ、生涯、君の笑顔を守らせてくれ。君がいれば、どんな重圧にも耐える。私の妃として、共に未来を歩んで欲しい」
大きな手が私の頬に触れる。その指先がほんの少し冷たくて、私の熱を奪っていくようだった。
この結婚は魔王様から与えられた使命。政略で始まった縁だったのに、気付けばこんなにも愛で満ちている。
「エド……私はあなたの薔薇。アルヴェリオンに来て、あなたの優しさに触れた時から、心に決めていました。あなたと共に、この国で生きていくと」
エドワードの手に手を重ねる。
「お慕いしています。これから先も、あなたの薔薇として輝くことをお約束します」
「リリアナ……愛している。これから先、なにがあろうとも、この手を放しはしない」
私もです──そう答える前に、私の唇をエドワードの熱い口付けが塞いだ。
甘い薔薇の香りが私たちを包み込む。
私の全てを包み込む力強い腕に身を委ね、早鐘を打つ二つの鼓動を聞きながら、深い愛に溺れまいと大きな背を抱きしめた。
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