第45話 魔族令嬢は、夢の出来事を思い出す
私は三日間も眠り続けていたらしい。
目が覚めると、泣いてるエドワードとデイジーがいて、すごく心配をかけてしまったんだと、申し訳なく思った。それから、駆け付けたロベルト王とローレンス、サフィアにも、本当によかったといわれて泣かれてしまった。
陛下の前でこんな格好は失礼だと思って起き上がろうとしたけれど、指一本動かすのも億劫なくらい体が重かった。
「リリアナ、急に動かなくていいんだ」
「で、ですが、陛下がいらっしゃられたのに、このようなお姿では……」
おろおろとしながエドワードを見ると、彼は穏やかな微笑みを浮かべて「大丈夫だ」といいながら、私の頬にかかった髪を払ってくれた。
「気にせず横になってくれ。目覚めたばかりで体も辛かろう」
穏やかに微笑むロベルト王も私に優しい言葉をかけてくれた。それから、私の手をとって脈を診ていた医者へと視線を移した。
「して、リリアナの容態はどうなのだ?」
「しばらくは安静にしていだたく必要があります。ですが、もう大丈夫でしょう。頑張られましたね、王弟妃殿下」
人のよさそうな笑顔を浮かべた医者は、私の手をベッドに戻すと「しかし」と、少し厳しさを含んだ声で呟いた。
「しばらくは、苦い薬をお飲みいただきますよ」
「えっ……そんなに、苦いんですか?」
「ええ、それはとっても。魔力の回復で、ずいぶん身体に負担をかけたのですから、心して飲んで下さい」
苦いのはちょっと苦手だなと、ぼそぼそ呟くと、エドワードがくすっと笑った。その後ろでサフィアが「蜂蜜を用意しましょう」といって笑い、デイジーも頷く。
穏やかな光景を前に、ほっと吐息が零れた。
《《こっち》》に戻ってきたんだ。
ぼんやりと夢の中のことを思い出し、目を覚ました実感がわいてきた。
ロベルト王と医者を見送るのに、デイジーとサフィア、ローレンスも部屋から出ていった。
「喉が渇いただろう?」
ベッド横のテーブルに置かれた水差しから、グラスに水を注ぐエドワードは、起き上がろうとする私の背を慌てて支えた。
手を借りながら、ゆっくりと体を起こすと、ハーブが香る冷たいグラスが差し出される。
少しずつ喉を潤し、ほっと一息つくと、身体がずしりと重くなった。まだ、起きていることも出来ないなんて。医者がいうように、無理をしすぎたのね。
「少し休むか?」
「……手を、握って下さいますか?」
重たい身体を横たえ、柔らかいクッションに頬を寄せると、さらに体が重くなる。
「寝るのが、怖いです」
「……医者も、もう大丈夫だといっていた」
そういいながら、エドワードは私の手をそっと握った。
「でも……」
「それなら、私も横になっていいか?」
「──えっ?」
「抱きしめさせてくれ」
まだ少し不安げな瞳が、私を見ていた。
夜を共にしたことがないというのに、こんな明るい朝から一緒のベッドで横になるなんて。その恥ずかしさに頬が熱くなる。だけど──
「側にいてください。そうしたら、眠るのも怖くありません」
エドワードを招き入れると、大きな胸に頬を寄せ、その心音に耳を傾けた。
規則正しい鼓動は、ほんの少し早い。だけど、それが心地よく耳に響いた。
大きな手が髪を撫で、頬に触れる。私がいることを確かめるように、身体を撫でていく手に、胸が高鳴る。
「……夢を見ていました」
「夢?」
「真っ暗な森にいました。とても熱くて苦しくて、誰かが悪魔がやってくると囁くのです」
「森の悪魔か?」
「……おそらくは、死に直面した私は、無意識にその恐怖を森の悪魔と結びつけたのでしょう」
思い出すだけでも恐ろしい。でも、その恐怖から逃げようと足掻くことが出来た。諦めそうになったけど、私の手を掴んでくれた人がいた。こっちへと導いてくれたのは……
「誰かが『こっちだよ』って私の手を引っ張ってくれたんです」
エドワードは少し目を見開くと、低く「そうか」と呟く。そうして、繋いでいた手を少し強く握りしめてきた。
温かく大きな手。私はこの手が大好き。でも、夢の中で導いてくれた白い手とは違う。私と同じくらい小さかった。それに、白磁のように滑らかで。
思い出そうとしても、その顔はわからない。でも、光に中で振り返った人影の微笑みはとても優しくて──夢の中に現れた人影へ思いを巡らせ、しばらく黙っていると、エドワードが再び「本当によかった」と呟いた。
次回、明日8時頃の更新となります
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