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第44話 王弟殿下は、愛しい薔薇の目覚めを待つ(エドワード視点)

 ヴィアトリス王妃の私室で倒れたリリアナは、それから三日間、発熱が続いた。目を覚ますことはなく、身体は燃えるように熱かった。


 医者に見せたところ、魔力枯渇が著しいといった。枯渇を起こしながら、無理な使い方をしたため、その反動が起きているのだろうと。身体を動かすに必要な魔力すら使われ、今、身体が必死にその魔力を生成しているのだと。


「三日後が山と思ってください。熱が引いた後に目を覚まさなければ……」

「どうなるというのだ?」


 口籠った医者は「お覚悟を」とだけ呟いた。

 目の前が真っ暗になった。

 もう少し早く駆け付ければよかったのか。王妃を追い詰める手段が、他にあったのではないか。リリアナに頼らずとも、私が、どうにかすれば──答えのない後悔に、押しつぶされそうになった。


 昼間、デイジーとサフィアがつきっきりで看病をする横で、兄上と今後のことを話し、各方面への書状を出した。デズモンド王と、フェルナンド公爵家へも急ぎ送った。


 フェルナンド公爵──リリアナの兄から、短い文書が届いたのは、三日を過ぎた朝のことだった。


『フェルナンドの薔薇は強い。リリアナは少々強気で、貴公を困らせることもあろうが、愛しい者を置いていくような薄情な娘ではありません。どうか、信じて待ってください。必ず、貴公の元へ戻ることでしょう。』


 早朝に届いた手紙を見て、涙があふれた。

 リリアナを信じるといったではないか。私に出来るのは、待つことのみ。


「リリアナ……朝だぞ」


 ベッドの上で眠るリリアナの額の汗を拭うと、小さな口が少しだけ動いた。


「ほら、今日もいい天気だ。……目が覚めたら、また出かけような」


 ベッド横の小さなテーブルに手紙を置き、すっかり定位置になった椅子に腰を下ろす。力なくベッドに置かれる小さな手を握りしめ「リリアナ」と呼べば、わずかに指が動いた。

 熱い指先を握り、ただ祈るしか出来ない。

 帰っておいで。目を覚ますんだ。


「もうすぐ、デイジーとサフィアもくるぞ。君が目を覚ますのを、皆、待っている」


 今日、熱が下がらず目も覚まさずだったら。考えると恐ろしかった。


「私を置いていかないでくれ……」


 込み上げる涙をこらえていると、寝室の扉がノックされ、デイジーとサフィアが姿を見せた。


「おはようございます、殿下。リリアナ様は……」


 おはようと言葉を返すことも出来ず、ゆっくりと首を振る。その時だ、リリアナの手からすっと熱が引いていった。

 驚いて弾かれるようにベッドへと視線を移すと、小さな唇が動いた。音が発せない程、弱々しい動きだったが、確かに唇が動いた。

 もう一度、何かを訴えるように、唇が動く。──助けて、と。


「リリアナ。私はここだ。ここにいるぞ!」

「医者を……医者を呼んで参ります!」


 サフィアが叫びながら部屋を出ていくと、入り口で控えていたローレンスも「陛下にご報告を」といって駆けだした。


「リリアナ様!」

「皆、お前を待っている……そっちにはいかないでくれ」


 リリアナの手を握りしめると、僅かだが、細い指が応えるように動いた。


「こっちだ、リリアナ……皆、待っている」


 白い指が熱を失ってしまうのではないか、不安でたまらなかった。

 額に触れ、頬を撫で、乱れた髪を指先で梳いて。リリアナがいることを確認するように触れながら、何度も「こっちだ」と呼びかける。


 頼むから、リリアナを連れていかないでくれ。


 カーテンの隙間から光が差し込んだ。それが、リリアナの白い顔を照らすと、閉ざされていた瞳がうっすらと開いた。

 ぼんやりとしながら、私を見る。


「リリアナ……」


 呼びかけると、小さな唇が「エリザ様?」と動いた。

 胸が苦しくなり、リリアナの手を握りしめながら息を飲んだ。

 ずっと戦っていたのか。エリザの死に、私以上に向き合ってくれていた……君は、本当に強い。


「リリアナ……もう大丈夫だ。私はここにいる。さあ、こっちだ」


 帰ってきてくれ。いかないでくれ。


「……エド?」


 弱々しい声が、私を呼んだ。


「ああ、そうだ。私だ。エドワードだ……」


 私の後ろに立っていたデイジーが、すすり泣きながら「よかった」と呟く声がした。

次回、本日18時頃の更新となります


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