第42話 魔族令嬢は、王の決断を見守る
ヴィアトリスはこれまで、自分の命令に背く令嬢たちを幾人も辱めてきた。
今夜も、ディアナと彼女が懸想する騎士の間を取り持つと約束して、代わりに子爵令嬢二人を駒にすべく陥れようとしたこと。そして、私を陥れることで、エドワードの弱みを握ろうとしていたこと。過去の行いをすらすらと話した。さらに──
「エリザに思いを寄せるガルエン卿を使い、あの娘を穢した。許せなかった。私を蔑むあの瞳……エドワードを愛さずとも、王弟妃という地位を手に入れた。あの女は、私を引きずりおろし、この国を手に入れようとしていた……そうに決まっている。だから、私の手で」
なんてことだろう。ヴィアトリス王妃はありもしない妄想で、エリザ様を追い詰め、死に追いやったのだ。
デイジーの側に寄り添っていたサフィアとローレンスが、嗚咽を零した。ローレンスの手が、腰に下げた剣に添えられたが、それをデイジーの手が握りしめて静かに制止した。
虚ろな黒い瞳が私を見ている。
「私の国を横取りするものを、許しはしない」
うすら笑いを浮かべるヴィアトリスの暗い瞳は、まるで底なし沼だわ。それに飲み込まれそうになり、背筋が震えた。その時だった。
「アルヴェリオンは、お前の国ではない」
ロベルト王が冷やかに告げた。
ヴィアトリス王妃の目に光が戻る。そうして、ゆっくりと陛下を見つめ、ゆるゆると首を振りながら「違います」と繰り返した。
「衛兵! ヴィアトリスを連れて行け!!」
凛とした声が告げ、廊下で控えていた衛兵たちが雪崩れ込んだ。
暴れるヴィアトリス王妃は、泣き叫びながら連れ出されていった。
王妃の声が遠ざかる中、ロベルト王はディアナに向き直った。静かな声が「ディアナ・パスカリス」と彼女を呼ぶ。
ガタガタと震え出したディアナは、横にいる騎士と手を握り合っていた。おそらく、彼が想い人なのだろう。
「ヴィアトリスの口車に乗せられたとはいえ、そなたの行い、見逃すわけにはゆくまい」
「あ、あ、あ……申し訳、ございません……」
震えるディアナの前に、パスカリス侯爵が歩み出た。そうして、その場に膝をつき、深く頭を下げた。
「陛下、不出来な娘をお許しください。ディアナの貴族籍剥奪とアルヴェリオンからの追放を望みます。このアルヴェリオンに二度と足を踏み入れぬよう、そこの騎士と共に、どうか……寛大な処罰を」
涙にぬれたパスカリス侯爵の顔を見た陛下は、低くため息をつく。それから静かに衛兵を呼んだ。
「衛兵、ディアナ・パスカリスとブルック卿を連れて行け。丁重にな」
ロベルト王の言葉に従い、衛兵はディアナと騎士を連れて部屋を出ていった。
二人が弁明をすることもなく、手を握りあう姿を見て「愛の証明」という言葉が脳裏を掠めた。
それから、ロベルト王は泣きじゃくるクラリッサとマリアンヌに優しく声をかけ、彼女たちに無体を働いた騎士たちを連れて行くよう指示を出す。
「ガルエン卿……そなたのことも、残念だ」
ロベルト王は、項垂れる騎士に言葉をかけると、衛兵に彼も連行するよう命じた。そうして、私たちに向き直ると、陛下は突如として膝をついた。
「リリアナ嬢、此度のこと、どう詫びたらよいだろうか」
「陛下、私は大丈夫です。エドワード様のために、尽くそうと決めて参りました。これからも、わたし、は──」
突然、目の前がぐにゃりと歪んだ。
まるで、絵の具を水に溶かしたように、景色が混ざっていく。体が鉛のように重くなり、まるで熱い湯の中に放り込まれたように息苦しさが襲ってきた。
体が沈む。
どさりとどこかで音がして、衣擦れの音がした。それよりも大きな心音が、うるさいくらい耳の奥で響いている。
「リリアナ? リリアナ、しっかりしろ。私の声が聞こえるか?」
「リリアナ様!?」
「おい、誰か、医者を呼べ!」
「お気を確かに、リリアナ様!」
皆の声が響く。
大丈夫ですから。──伝えたかったのに声は出ず、私の手を握りしめたぬくもりに、ほんの少し指先を動かして応えるので、精一杯だった。
次回、本日18時頃の更新となります
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