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第40話 魔族令嬢は、その魔力をもって王妃の企みを暴く

 ディアナの顔が醜悪な笑みに染まり、侍女たちがドアを開けると、数名の騎士たちが部屋に入ってきた。


 謀られた。

 きっと、はじめからディアナを使って、ヴィアトリス王妃は私たちを穢すつもりだったのだ。


「クラリッサ嬢、マリアンヌ嬢、お逃げなさい!」


 立ち上がり、子爵令嬢二人を逃がそうとしたその時、騎士たちの手が伸びてきた。仰ぎ見ると、焦点の合わない瞳が私を見下ろしている。

 きっと、この騎士たちも薬を使われ、操られているんだわ。


「やめなさい! 王妃様の御前よ!」


 マリアンヌが顔を青ざめさせながら叫び、クラリッサは後ずさった。

 ドレスをたくし上げて走り出そうとした二人を、騎士たちの手が容赦なく掴む。


「おやめなさい! このようなこと、騎士にあるまじき行いですよ!!」


 私の叫びに、やはり騎士たちは動じなかった。その目は虚ろなままで、全く声が届いていないようだ。


「リリアナ様、お逃げ下さい!」

「デイジー、私よりも、二人を──!」


 私を抑え込もうとする男を蹴り飛ばしたデイジーは一瞬、躊躇して子爵令嬢の二人に視線を送った。その瞬間、その身体が横に投げ飛ばされ、私の前に長身の男が立ちふさがった。ガルエン卿だ。

 恐怖に足がすくんだ。


「いやっ! 放して!!」

「王妃様、お赦し下さい!!」


 クラリッサとマリアンヌの悲鳴が聞こえた。


「あらあら、なにを泣いているの? クラリッサ、マリアンヌ。あなたたちも、騎士と親しくなさい。ほら、香が、素敵な気分にしてくれるわよ」


 どうしてこんなことが出来るの?

 胸の奥に怒りがこみ上げる。

 ガルエン卿の硬い指が私のドレスにかかった。

 

「王妃様、このようなお戯れ、許されません!」

「気丈ね、リリアナ。でも、誰が私を咎めるというの?」

「私が、国王に進言いたします!」

「ふふっ、強気なこと。国王の寵愛を得る私の言葉と、王弟の妃……どちらの言葉が重いのかしら?」


 ガルエン卿に羽交い絞めにされた私の前に立ったヴィアトリス王妃は、その扇子で私の顎をぐっと上に持ち上げた。


「あなたは、王をたぶらかしに来た毒婦。可哀想なエドワードはすでにいいなり。玉座を我が物にしようと、反旗を翻す準備を進めている」

「仰られている意味がわかりません」

「まだシラを切るのね。ならば……その本性を暴いてみせよう」


 ヴィアトリス王妃が笑うと、騎士たちの手がドレスの胸元にかけられた。

 悲痛な悲鳴と布の破られる音が響き渡る。


「おやめください、王妃様!」

「私はなにもしてはいないわ。あなたが、魔族の卑しい力で騎士を操っているのよ」

「そんなこと、しておりません! 私に、そんな力はございません!」

「では、騎士は誰のいうことを聞いて、こんなことをしていると思って? 私がこんな下らない遊びを命じることに、なんの意味があるというの?」

「それは、王妃様が──」

「王妃の前ではしたなく股を開く女どもの姿を見るのは、おぞましい。何を喜んでこのようなことを命じようか。魔族でもあるまいし」


 嘲りの微笑みが冷ややかに向けられる。王妃の言葉が、鋭利な刃物となって突き刺さる。

 ヴィアトリス王妃が、私を利用としているって、わかりきっていたのに。私が受け入れてもらえるなんて思っていなかった。そのはずなのに──怒りと屈辱で、全身の血が沸騰するようだった。


 クラリッサとマリアンヌの悲鳴、破られるドレスの音、ディアナの嘲笑が聞こえた。現実を目の当たりにした私の心が悲鳴を上げ、怒りに打ち震え、頭の中が真っ白になる。


「魔族でも、友を傷つけるようなことはしません!」


 体を締め付ける腕から逃れようともがきながら、ヴィアトリス王妃を睨みつけた。


「一国の王妃でありながら、こんな卑劣なことを! エリザ様にも、同じようなことをされたのですか!?」

「エリザ……そんな名の小娘もいたわね。小賢しくも、私を慕っているような顔をして近づいてきて」


 私を冷ややかに見るヴィアトリス王妃の扇子が、私のドレスに打ち下ろされた。

 センスの金具がドレスを引き裂いていく。


「そのドレス、気に入らないわ。あの愚かな娘を思い出す」

「……訂正してください」

「訂正? なにを?」

「全てでございます。あなた様のお言葉全てを訂正し──」


 全身の血が熱くたぎり、口から放たれる言葉が熱を持つ。


「真実を述べてください、ヴィアトリス王妃」


 声に魔力を乗せ、王妃の黒い目を見つめた。

 風が舞い、辺りに立ち込めていた香が吹き飛ばされる。そうして、私の全身から膨れ上がった赤い魔力が、花びらのごとくひらひらと舞った。

 赤い花びらが、王妃の視界を覆う。そうして、再び私の目を見た時、彼女の焦点が失われた。


「おかしなことをいう。私は真実しか語らない」

「では、お聞きします。なぜ、このような茶会を開かれたのですか?」

「下賎な女どもここへ呼び、魔族の小娘を陥れる芝居をうつためよ。騎士達をたぶらかし、薬を飲ませて操り、女たちを手込めにせよと命じた。このような醜態、貴族の娘が外に知られでもしたら、嫁ぎ先もなくなるでしょ? 知られたくなければ、私に従うしかない」

「そのようにして……エリザ様も陥れたのですね?」

「泣きながら、許しを請う姿は滑稽だったわ。まさか、塔から身を投げるとは思わなかったけど」


 くすくすと笑うヴィアトリス王妃の言葉に奥歯を噛み締めた。なんてことなの。やはり、あの『瑠璃姫の涙』はエリザ様が残した最後の叫びだったのだ。

 悲しみに涙がにじむ。すると、ガルエン卿の腕が一瞬緩んで微かに「そんな」と呟きが聞こえた。

次回、明日8時頃の更新となります


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