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第39話 魔族令嬢は、乱心する侯爵令嬢を静観する

 顔を真っ赤にするクラリッサとマリアンヌの視線を受け、ヴィアトリス王妃は小さく息をついた。


「ディアナ、少々言葉が強いですよ。それに、私も子を成していないので、耳が痛いわね」

「──!? 申し訳ございません、王妃様」


 ディアナの表情が強張り、子爵家の二人はほっと肩の力を抜いた。これで、この話は終わるだろうと誰もが思っただろう。しかし、ヴィアトリス王妃は「でも」と呟いた。


「愛する人にしか体を許さないというのは、とても高潔で素晴らしいことだわ」

「──王妃様!」


 三者三様に、ヴィアトリス王妃を呼ぶ。そうして、ディアナは勝ち誇ったように私を見た。


「ディアナは少し好奇心旺盛なようね。それもこれも、デズモンドのことを知らないからだと思うの。ねえ、リリアナ?」

「……そうだと思います」

「彼女の好奇心に応えてはどうかしら?」

「と、申しますと……?」

「ディアナ、あなたは一番なにが知りたいの?」


 ヴィアトリス王妃の扇子がゆっくりと揺れた。すると、頬を赤らめたディアナは大きな胸を揺らしながら、もじもじと俯いて口籠ってしまった。


「なにを恥ずかしがることがあるの? いってごらんなさい」

「その……リリアナ様は王弟殿下に嫁がれたのですから、夜の営みもなさっておいでですよね?」


 突然の問いに、頭が真っ白になった。この期に及んで、そのような淫らな質問をするとは思ってもいなかったわ。


「いいえ、私は……」

「まだなのでございますか? それで、殿下への愛を語られるのですか!?」


 私が口籠ると一転して、ディアナは生き生きと問い詰め始めた。


「それは……愛とは時間をかけて育むものだと思います」

「そうやって、誤魔化されるのですね。本当は、愛を奪う特別な技を、ご存じなのでしょ? それを、お隠しになっているんだわ!」

「そんな技など、ありません。私はエドワード様を愛している。それだけで、十分ではありませんか?」

「政略結婚で愛など目覚めますの?」


 くすくすと笑いだしたディアナは、再び蜜にまみれた果物に指を伸ばした。


「もしかして、そのご結婚も魔族の特別な技で、掴んだのではなくて?」

「いい加減にしてください、ディアナ様。失礼ですよ!」

「好奇心は身を滅ぼしますわよ!」


 ディアナのとんでもない話に声を荒らげたのは、クラリッサとマリアンヌだった。

 私が声を上げることを堪えていると思ったのだろう。今にも噛みつきそうな怒りの形相で、ディアナを睨み付けている。


「あら、でも……あなたたちも知りたいんじゃなくて? 本当にリリアナ様が、純潔であられるのか。本性を隠していらっしゃるのではないか……だって、魔族の女ですわよ?」


 指先についた蜜を舐めたディアナは、とろんとした目で私を見ていた。


「興味などございませんわ!」

「こんな不愉快な話はございません。リリアナ様は王弟妃ですわよ!」

「ディアナ様のなされてることは、侯爵家の名を汚す行いと、わかっておいでですか!?」

「パスカリス侯爵がお知りになったら、どんなにお嘆きになるか!」


 マリアンヌが叫んだ時だった。ディアナの瞳がすっと細められ、その赤い唇から深い息が零れた。


「あら。父に話すつもり? でも、下位のあなたの話を、あの人が信じるかしら? 階級にしか興味のないあの人が」

「……なにを、仰っていますの、ディアナ様?」


 震えるマリアンヌを、ディアナは鼻で笑った。そうして「これだから田舎娘は」と呟く。


「父は私にいくつもの縁談をもってくるのよ。愛してもいない男に嫁げというわ。好きな人がいるのに、どうして愛せるというの? どうしたら、私は、彼と結ばれるの? 政略結婚でのこのこと王子と結ばれた魔族の女に、なにがわかるの!?」

 

 真っ赤な顔をして泣き叫んだディアナは、王妃の前であることも忘れたのか。手に持っていた銀のティーカップを投げて立ち上がった。


「愛を語っても、所詮はまがい物よ。リリアナ様は魔族の女だもの。男を前にしたらすぐに、はしたなく体を許すに決まってるわ。私とは違う!」


 部屋がしんと静まり返った。

 どう考えても、ディアナの様子はおかしい。もしかして、紅茶に興奮剤でも入っていたのかしら。あるいは、やはりこの香になにか仕込まれていたのか。


 ヴィアトリス王妃の扇子がパチンと音を立てて閉ざされた。


「ディアナ、少し落ち着きなさい」

「王妃様! これではあんまりですわ。今日は、リリアナ様の歓迎会だとお聞きして、参上いたしました」

「私もです! このような不適切な話、気分が優れません。ディアナ様には、ご退出願います!」

「クラリッサ、マリアンヌ。二人も落ち着きなさい。ご覧なさい、リリアナは静かに傾聴しているわよ。これでこそ、王弟妃だと思いませんか?」


 静かに語るヴィアトリス王妃が私に視線を送ると、興奮していた二人の子爵令嬢もこちらを見た。


 静観していた訳ではない。この状況を、どう利用すればいいのか考えていただけだ。だけど、どう頑張ってもエリザ様のことを聞き出す雰囲気ではない。

 黙って手を握りしめると、ディアナは「ヴィアトリス王妃」と呟いた。


「リリアナ様に、愛の証明をしていただきたく存じます」

「それは難しいんじゃなくて?」

「簡単なことですわ。リリアナ様に恋慕を抱く騎士が何人もいます」

「……え?」


 私が硬直すると、ヴィアトリス王妃は扇子を広げて口元を覆い「まあ」といって含み笑いを零した。


「一夜の夢でもよいと願う者を知っております。彼をここに呼び、リリアナ様を誘惑させるのです」

「お戯れもいい加減になさってください!」

「不謹慎ですわ!」

「リリアナ様の殿下へ対する愛が本物であれば、いかなる者にも負けないかと存じます」

「そのようなこと、王妃様がお赦しになる訳が──」


 クラリッサの言葉を遮るように「いいでしょう」とヴィアトリス王妃は発した。


「このようなこと、国王陛下に知られたら!」

「おやめください、王妃様!」

「あら、どうして国王陛下が私のことを知ることが出来るのかしら? ここにいるのは、私の侍女とあなたたちだけよ」


 ヴィアトリス王妃の目がすっと細められた。そうして、扇子を揺らしながら「ガルエン卿を呼びなさい」と告げた。

次回、本日18時頃の更新となります


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