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第38話 魔族令嬢は、侯爵令嬢の誤解を解きたい

 和やかに話が進む中、ふわりと嗅いだことのない香りが漂ってきた。なんの香りかと首を巡らせると、侍女が一人、銀の香炉を持ってきた。


「王妃様、香でございますか?」

「ええ。リリアナの緊張がまだ解けないようなので、気持ちが楽になる香を焚かせたのよ」


 テーブルに置かれた香炉から、ゆらりと立ち上がる煙がくねるように天井へと向かっていく。

 紅茶の甘い香りとよく似た、濃厚な香りだ。

 揺らめく煙を吸ったヴィアトリス王妃が「デズモンドにも香を楽しむ風習はありますの?」と訊ねると、ディアナ嬢も「詳しくお聞きしたいですわ」といった。

 どうやら、ディアナはすでにヴィアトリス王妃に手懐けられていると考えた方がよさそうね。さて、ここからどうやって話を聞き出そうかしら。


「楽しむといいますか……ドレスに香りをまとわせたり、眠れない夜に焚くことはあります」

「あら、それだけですの?」

「そうですね。私はそのように使っていましたが、アルヴェリオンは違うのですか?」


 ディアナに訊き返すと、彼女は「まあ、白々しい」と小さく呟いた。


「リリアナ様が、魔族の特別な文化を教えてくれると思っていたのに、とんだ思い違いだったようですわ」

「……え?」

「魔族は、夜になると人を誘惑して食べると聞きましたわ?」


 目をとろんとさせたディアナの声は甘く、嘲笑に満ちていた。


「甘い香を焚き、男を惑わせる……そうして、食べてしまわれるんでしょ?」

「そのようなことはありません。誤解です」

「本当にそうかしら。リリアナ様が知らないだけでは? ご結婚といっても、殿下とは名ばかりの政略結婚ではなくて」


 くすくす笑ったディアナは、蜜にまみれた果物を指でつまむと、それを口に運んだ。そうして、舐るように指先を咥えると、妖艶な笑みを浮かべた。

 ぞわぞわと背筋が震え、耐えられずにブローチを握りしめると、子爵家の二人が声を上げた。


「ディアナ様、なんてはしたない。失礼ですわよ!」

「そのようなお話、王妃様とリリアナ様の前でされるものではございません!」

「あら、でも魔族ってそういう生き物でしょ? 成人した女は皆、娼婦になるって聞いたわ」

「リリアナ様を侮辱されるのですか!?」

「王妃様、今すぐパスカリス侯爵令嬢にご退出いただきとうございます!」


 二人が立ち上がり訴えると、ヴィアトリス王妃は別段取り乱す様子もなく微笑んだ。


「文化の違いで誤解をすることもあるでしょう」

「誤解というには、ほど遠くございます!」

「パスカリス侯爵令嬢が、このようなはしたないお方とは存じませんでしたわ!」

「そうね……誤解を解くには、リリアナにきちんと話してもらった方がいいわね」


 淡々と語るヴィアトリス王妃は、持っていた扇子を広げると、ゆっくりとそれを仰ぎだした。

 甘い香りが広がっていく。

 それを吸い込むと、身体の奥が熱くなるようだ。


「魔族も人族と同じです。心を持ち、愛する者を守り慈しみます」

「愛を語れば、私たちと同じだと思っているのね。では、その愛をなにで証明されるのかしら?」

「そ、それは……」


 そんなことをいわれても困る。

 エドワードの優しい微笑みが脳裏をよぎった。私は彼を愛している。彼を守るためならなんでもするわ。だけど、それを証明しろだなんて。

 膝の上で手を握りしめていると、クラリッサが「では、お尋ねします!」と声を上げた。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。


「ディアナ様は、愛の証明ができるのでございますか? 噂では、騎士の方に思いを寄せられているとのことですが、その方との愛を証明できるのであれば、どうして、ご結婚されないのでしょうか。もう、よいお年ではございませんこと?」

「結婚しないことが愛の証明ですわ。私は、彼以外に体を許す気もありませんもの」


 さらっと答えたディアナは空になったカップを受け皿に戻した。そうして、にたりと笑う。


「愛を示すのはこの体のみですわ。見せろというなら、いくらでもお見せしますけど?」

「なんて、はしたない!」

「王妃様の御前で、そのような淫らなことを申されるなんて、どうかしています!」

「あら。初心ですこと。でも、真実ですわ。私たちは男を欲情させ、子を成すことで国を反映させるが務め……でしたら、この身は愛しい人に捧げたいと思うのが、当然じゃありませんこと?」


 すらすらと正当性を語るディアナの言葉に、子爵家の二人は真っ赤になって「王妃様!」と叫んだ。

次回、本日13時頃の更新となります


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