第35話 魔族令嬢は、公爵夫人の協力を得る
ベルフィオレ公爵夫人は静かな語り口調で、アルヴェリオンのお茶会について話してくれた。
「アルヴェリオンのお茶会は女の戦場でもあります。仲の良い家門が集まって情報交換したり、そうでない家門に探りを入れたり。ただお茶を楽しむこともあるけれど、どちらかといえば、政治的な側面がありますの」
「そうなのですね。では、この間のお茶会は──」
「殿下の指示で、ヴィアトリス王妃に対抗する門下の令嬢を集めましたのよ」
ああ、だから招待状はエドワードが用意したのね。私を紹介するといいながら、私をヴィアトリス王妃から守るための場を作って下さっていたなんて。
エドワードの優しさを垣間見て、胸が熱くなった。
「でも、だからこそ昼間にしか開かないのです。闇夜になにかが紛れでもしたら、大変でしょ?」
穏やかな語り口調なのに、聞きながら、背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
政治的な側面があれば、確かに、暗殺者が紛れるような事態も起きかねないだろう。もしかして、エドワードはそういったことも心配していたのかも。
「王妃が直接手を下すことはないでしょうが……そのお茶会、どなたが呼ばれているか、ご存知でしょうか?」
「パスカリス侯爵家、ノーブル子爵家、セルダン伯爵家のご令嬢です」
私が答えると、ベルフィオレ公爵夫人は眉をひそめた。
少しの静寂が訪れ、ピリリとした空気が漂った。
「そういうことでしたのね」
ベルフィオレ公爵夫人は小さなため息をついて視線を泳がせた。
「先日、ノーブル家のご令嬢から手紙が参りましたの」
「……手紙?」
「王妃様縁の商会が、最近ノーブル家に出入りするようになったと。お父様は警戒しているようだけど、近年ノーブル家の財政が厳しいこともあって、とても悩まれていると相談されていたのです。王妃はノーブル家を傘下に迎えようというのね」
「……でも、おかしくはありませんか?」
「おかしい?」
「ノーブル家とセルダン家は最近財政が厳しいと聞いています。地方貴族の繋がりが多いパスカリス侯爵を味方につけるのはわかりますが……」
ヴィアトリス王妃は諸侯に貢がせているとも聞いている。財政難の貴族ではそう貢ぐことも出来ないだろう。であれば、それ以外になにを求めるというのか。ノーブル家、セルダン家、共に農業を中心とした地方貴族だったはずよ。特に産業が発展している訳でも、大きな騎士団を有しているとかでもないわ。なにがメリットなのか──
「自由農民ね」
「……え?」
「ノーブル家、セルダン家、どちらも自由農民が多いわ。その関係も良好だと聞いている。無理な税の取り立てをしない両家だから、内乱も起きないし、庶民からも慕われているの。財政難になっているのだって、昨年の天候被害の影響だと聞いているわ」
「……つまり、両家の弱みを握って、もっと搾り取ろうと画策をしている?」
「可能性はあるわ。どちらも、弱みといえば、まだ嫁がれていないご令嬢たちでしょうから……リリアナ様、貴重な情報をありがとうございます。ご令嬢には、私の方から王妃に気を付けるよう、お手紙をお出しします。パスカリス侯爵へも、忠告しておきましょう」
心強い提案にほっと吐息をつくと、ベルフィオレ公爵夫人は少し困った顔で微笑んだ。
「ですが……一つ、懸念すべきこともございます」
「懸念?」
「パスカリス侯爵のどのご令嬢が呼ばれているのか、少々心配でして……三女のディアナ嬢でしたら、少々厄介かもしれません」
「……どのようなご令嬢なのですか?」
「今年で十八を迎えましたが、まだご結婚はされておりません。どうも、ご執心されている騎士の方がいらっしゃるとかで、その方とのご結婚を、御父上がお赦しになるのを待っているとか」
「騎士……」
ふと、『瑠璃姫の涙』を思い出した。
「その騎士が、ヴィアトリス王妃直属だという噂を聞いたことがあります」
「では、ヴィアトリス王妃はそれを利用して、パスカリス侯爵に近づこうと?」
「可能性はありますね……できれば、その夜のお茶会を止めさせたいところですが、私には難しいかと」
ベルフィオレ公爵夫人は小さくため息をついた。王妃主催では、止められるのはロベルト王くらいだろう。
「リリアナ様、色々と懸念材料が多いですが……私も、出来うる限りの協力させていただきます」
「ありがとうございます。エドワード様も、きっと喜びますわ」
「ふふっ、殿下のためにも、精一杯リリアナ様をお守りしないといけませんものね」
「エドワード様のためにも?」
少しだけこの場の空気が軽くなり、ほっと肩の力を抜くと、ベルフィオレ公爵夫人は少し冷めた紅茶を飲み干して頷いた。
デイジーが新しい紅茶を注ぎ入れると、優しい香りが再び立ち上がった。
「先日、リリアナ様を紹介いただき、本当に驚きましたわ」
「なにをでしょうか?」
「あんなに慈しまれて微笑む殿下を見たのは、初めてでしてよ」
「……そうなのですか?」
「ええ。エリザ様をお迎えした時は、ご一緒にお茶をされるどころか、お庭を歩かれる姿すらお見かけしませんでしたもの。亡きエリザ様には申し訳ございませんが、リリアナ様がアルヴェリオンにいらして、本当によかったと思っております」
静かに語ったベルフィオレ公爵夫人は、再び私の手を握ると「殿下をよろしくお願いいたします」といった。
次回、本日13時頃の更新となります
続きが気になる方はブックマークや、ページ下の☆☆☆☆☆で応援いただけますと嬉しいです。
↓↓応援よろしくお願いします!↓↓




