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第33話 魔族令嬢は、王弟殿下と二人きりの時をすごしたい

 あらかた相談がまとまると、まずローレンスが部屋を出ていった。これから急ぎ、侯爵たちに送る書状の用意をしてくれるらしい。


「リリアナ様、お部屋へお戻りになりますか?」

「そうね……」


 デイジーの言葉に頷き立ち上がろうとした時だった。私の手を握っていたエドワードに、ぐいっと引っ張られ、再びソファーへと戻された。しかも、バランスを崩して彼の胸に飛び込む形になり、その太い腕にしっかりと抱き締められた。


「リリアナ、もう少し話をしたいのだが……休みたいか?」

「……いいえ、平気ですが」


 ちらりとデイジーとサフィアを見ると、驚いた顔をする二人は背筋を伸ばした。

 もうだいぶ遅い時間だ。彼女たちには休んで欲しいけど、私を残して休むなんて出来ないわよね。どうしたらいいかと思案していると、エドワードが彼女たちを呼んだ。


「デイジー、サフィア。お前たちは下がってかまわない。色々と疲れただろう。休んでくれ。リリアナは私が部屋まで送るから、心配はいらない」


 突然の言葉に、きょとんとしてエドワードを見上げると、サフィアが静かに「さようでございますか」といった。


「それでは、お言葉に甘えて、休ませていただきます」

「リリアナ様、ごゆるりとお休みくださいね。明日、お支度にうかがいます」

「……? ありがとう。色々心配かけてごめんなさい。二人とも、今日はゆっくり休んでね」


 満面の笑みとなった二人は、私が立ち上がって見送ろうとすると、お気になさらずそのままでといいながら、慌ただしく退室していった。

 いつも静かなサフィアまで足音をたてて出ていくなんて。なんだったのかしら。


 部屋でエドワードと二人きりになると、静けさの中、ほんの少しだけ緊張が走った。


 よくよく考えてみたら、こうして二人っきりになることって、あまりないのよね。いつも護衛騎士や侍女が誰かしら控えているし、夜にこうしてすごすのは初めてだ。

 すぐ傍にエドワードの心音が聞こえた。少し早鐘を打っているけど、規則正しいその音がとても心地よく耳に響く。つい耳を寄せて瞼を下ろすと「眠くなったか?」と声が降ってきた。

 顔を上げると、穏やかな微笑みがあった。


「いいえ……エドの心臓の音が聞こえて」

「私の?」

「それが心地よくて、つい。──それより、まだなにかお話があったのですか?」

 

 デイジーたちに訊かれたら困る話なのかしら。少し不安になると、大きな手が頬に触れてきた。


「いや、もう少し一緒にいたかっただけというか」

「一緒にって……その、それって」


 頬を撫でられ、私を見つめる瞳に揺れる優しさに、鼓動が跳ねた。


 まだベッドを共にしていない私たち。そのタイミングはいつがいいのかと考えないこともない。一人のベッドに横たわりながら、エドワードにもらったブローチを握って寝る時もある。

 頬を撫でる温かい指に、不安と期待が積み重なった。


「別になにもしない。ただ、もう少しこうしていたいと思ってな」


 寄り添うエドワードに抱き締められ、胸の高鳴りが落ち着かない。


「リリアナ……私の妻になったことを後悔はしていないか?」

「突然、なんの話ですか?」

「私は君の十二も年上だ。親子とまではいかないが、十六の娘から見たら、若くもない。その上、二度目の結婚……」

 

 私の髪を撫でながら、少し苦笑するエドワードは「こんなことを話すのも情けないな」と呟く。


「君が強くあろうと輝けば輝くほど、自分の無力を思い知る」

「無力だなんて、そんなことは──」

「五年かけて、エリザの死の真相に辿り着けなかった男だ。情けないだろう」

「それは、ヴィアトリス王妃が巧みに隠していたから」


 なにも、情けないことなんてないのに。

 エリザ様のことを調べようとしたら、ヴィアトリス王妃が邪魔をしたのは容易に想像がつくわ。執務だってあっただろう。王弟として視察に行くことや、外交だってあったと思う。それに、命を狙われたこともあったかもしれない。


「それに、《《一人でできること》》には限りがありますので」


 そう口走り、ハッとした。

 私を見つめるエドワードの瞳が優しく揺れる。


「ああ、知ってる。だから、リリアナ……一人で飛び込もうとする君が心配で仕方ない。君を送り込むしかない、己の不甲斐なさに嫌気がさす」

「エド……」

「それでも、君を守りたいという気持ちに嘘はない。失いたくない」


 暖かい腕の中にいると、肩の力が抜けていく。

 出来ることなら、こうしてエドワードと寄り添っていたい。なにもかも投げ出して、二人で生きていけたら、どんなに幸せだろう。でも、彼は王弟で、私はその妃。国のために生きなければならないのが定め。

 きっと、エドワードがいなくなったら、ここでは生きていけない。彼がいなければ、ヴィアトリス王妃と対峙なんてできない。


「私も同じ気持ちですわ」


 エドワードの胸元で輝くブローチに触れた。ひやりとした銀細工だというのに、なぜか温かく感じる。


「エド、あなただから、私は強くあろうと心に決められた。私もあなたを守りたいのです」

「リリアナ……」

「大丈夫。あなたが見ててくれると思えば、なにも怖くはありません。それに、デイジーもついているのですから」


 心配しないでといっても心配なのだろう。どうしたら、エドワードの不安を少しでも拭えるのか。

 温かな心音に耳を寄せ、少し考えるけど思い浮かばないわ。


「エド……どうしたら、あなたの不安を拭えるの?」

「それは、なくならないかもな」


 少しだけ苦笑を浮かべたエドワードは「だけど」と呟くと、口元を一度引き締めて、少し私から身体を話した。

 大きな手が、私の指を優しく握る。


「君を信じる。私の薔薇はどこでも輝く……王妃のまがい物の輝きになど負けない。そうだろう?」

「ええ、もちろんです。あなたと国の未来、それに、エリザ様のためにも」


 全てを明らかにしなければ、私の心も前には進めない。

 エドワードと夜を共にするのは、そう遠くないだろうけど、今の気持ちのままでは……


「リリアナ……全てが終わったら、またこうして一緒に夜をすごそう」


 少し熱を帯びた指先が、頬を撫で、唇に触れた。


「君の横で月を眺め、共に朝を迎えたい……約束してくれないか、リリアナ」


 それってつまり──頬が熱を帯び、小さく頷くことしか出来なかった私の額に、エドワードはそっと唇を寄せた。

次回、本日18時頃の更新となります


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