第26話 魔族令嬢は、強き薔薇でありたい
エドワードの大きな胸に頬を寄せ、すっぽりと包み込まれる。
「……エドワード様。エリザ様と仲良くされなかったのは、ヴィアトリス王妃に近づくためだったのですか?」
「ああ。今思えば、なんて酷いことをしたのだろうな」
「私とも、そうすれば──」
「なにをいうんだ!」
突然声を荒げたエドワードに驚き、顔を上げようとしたが、強く抱きしめられてそれは叶わなかった。
「……エドワード様?」
「あの頃は若かった……国を守ることしか考えていなかった」
「それは、王族として当然のこと」
「当然なんかじゃない。目の前の女性一人守れない……そんな酷い男に、リリアナは未来を託せるか?」
痛いほど締め付けられていた肩が、ふっと軽くなった。
顔を上げると、そこには美しい若葉色の瞳がある。少し切なそうな瞳に吸い込まれそうになり、そっと、エドワードの頬に触れた。
「初めて会った日に、君を守るといっただろう?」
優しい声に、あの日を思い出す。
そうだわ。ヴィアトリス王妃に会ったあの日、エドワードは私に「私が君を守るから、安心して欲しい」といっていた。
「君を守る。そう、決めていた」
「……会ったこともない娘なのに?」
「ははっ、そうだな。そうだが……会ってすぐに感じた。君は強い女性だと」
「強いと感じたなら、なおさら」
「だけど、同時に脆い。君の涙を見て、話を聞き、守りたいという気持ちがさらに強くなった」
私の手に、エドワードの大きな手が重なる。
「だから、私の手を離さないでくれ。一人で王妃の元に飛び込もうなど、早まらないでほしい」
「エドワード様……お気持ちは嬉しいです。でも、もうお忘れですか?」
エドワードの思いが胸に深く広がり、熱いものが込み上げる。だけど、私は守られるだけの存在にはなりたくない。だって、私は──
「私はフェルナンドの薔薇です。エドワード様をお守りは難しくとも、頼られる妃になりたい。そうお伝えしたはずです」
「……リリアナ」
「無茶はしません。でも、私を信じてください。必ず、あなたの力になります……」
エド、と胸の内で彼を呼ぶ。もう、私の心はエドワードを認め、愛しいと思っている。だからこそ、私は私の成すべきことをする。
ブローチを握りしめると、再び肩を強く抱きしめられた。そして、耳元で優しい声が「ありがとう、私の薔薇姫」と囁いた。
◇
デイジーに、侍女たちからそれとなく、ヴィアトリス王妃のことを聞いて回るようにいってから十日がたった。
侍女の間で、ヴィアトリス王妃の評価は二分していた。私が感じるような冷たさや、逆らえないと感じるような威圧感を訴える者。王妃様によくしてもらったと、女神のようだと称える者。どちらが本当の顔かわからない。
その間にも何度か、エドワードと庭でお茶を楽しむことがあったのだけど、デズモンドのお茶会の様子を話していた時のことだ。
濃紺に金糸で刺繍が施されたドレスを纏ったヴィアトリス王妃が、私たちに近づいてきた。
わずかな緊張で、受け皿に戻したカップがカチッと音を立てた。
静かに立ち上がり、テーブルの横で淑女の挨拶を披露を披露すれば、柔らかい声が「リリアナ」と私を呼んだ。
「アルヴェリオンの暮らしには慣れたかしら?」
顔を上げると、扇子を優雅に揺らすヴィアトリス王妃と視線がぶつかった。言葉は柔らかく、私を気遣うようなのに、その目はひとつも笑っていない。
「お気遣いありがとうございます、王妃様。皆様に親切にしていただき、困ることはありません」
「あらそう、よかったわ。エドワードにも優しくしてもらっているのかしら?」
ヴィアトリス王妃の視線が、ついとエドワードに向く。すると彼は、私の腰に手を回して「もちろんです、王妃様」と笑顔で答えた。
黒い瞳がすっと細められる。
「しいていえば、いつまでも私をエドと呼んでくれないことが──」
「エドワード、貴方には聞いていなくてよ」
「ははっ、そう邪険にしないでください。二度と《《あのようなこと》》のないよう、今度は妃を愛すると決めておりますから、ご安心を」
「……そう、頼もしいわね。リリアナ、いつでも私を頼ってよいのですからね」
「ありがとうございます、王妃様。身に余る光栄です」
「ふふっ、そんなに畏まらなくていいのよ。私は、貴女の義姉になるのですから、遠慮せずに頼りなさい」
ヴィアトリス王妃の声は穏やかそうだけど、ぬくもりを感じない。笑う声がここまで冷ややかに聞こえることがあるのね。偽りの親しみは、まるで小鳥を追い込む網のようだわ。
エリザ様の死を思い出し、背中を汗が伝う。
声が震えないよう息を吸い、再び腰をかがめて一礼をしながら「ありがとうございます」と答えるのが、精一杯だった。
次回、本日13時頃の更新となります
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