第25話 魔族令嬢は、王妃の言葉に警戒する
静かに話しかけるヴィアトリス王妃の前で、どう微笑むのが正解だったのか。
「魔物の脅威のあるデズモンドでは、ゆっくりお茶など出来ないものだと思ってましたわ」
「……私は、討伐に行くことはなかったので、兄と比べましたら自由な時間もありました」
「あら、お兄さんがいらっしゃるの、そう」
「はい。歳の離れた兄と姉が二人います」
まるで尋問を受けているような気分だった。
ヴィアトリス王妃の顔は微笑んでいるというのに、その黒い瞳に見つめられていると、背筋が震える。
「末のお姫様だったのね。では、ご両親もあなたを手放すのは、さぞ寂しかったことでしょう」
労わるような言葉だが、そこにぬくもりは感じない。
少し俯いて言葉を探していると、エドワードが私の手を握った。
「ヴィアトリス王妃、ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、私がリリアナを幸せにします。フェルナンド公爵様とご家族にも、安心していただけるよう、必ず」
毅然とした声に胸が締め付けられた。
エドワードの言葉を聞いた令嬢たちは、再び声を揃えて「まあ」と零し、優しい眼差しを私に向けてくる。
「仲がよいことで。リリアナ、アルヴェリオンの文化になれるのも大変でしょう。何かあれば、私に相談しなさい」
「ありがとうございます、王妃様」
「皆さんも、リリアナを頼みますよ」
そういって微笑んだヴィアトリス王妃は、席を立った。
「申し訳ないのだけど、急用があるので失礼するわ」
「忙しいところ、ありがとうございました」
ヴィアトリス王妃に歩み寄ると、彼女は私の耳にそっと唇を寄せ、小声で「今度、ゆっくりデズモンドの話を聞かせてくださいな」と囁いた。
離れていく王妃の黒い瞳が冷たく光る。
ぞっとした。
その言葉には裏があるようにしか思えなかった。硬直していると、王妃は扇子を広げて口許をかくし、目を細めた。
「皆さん、お茶会を楽しんでくださいね。ご機嫌よう」
踵を返したヴィアトリス王妃を見送る私は、エドワードに「リリアナ」と呼ばれるまで、動くことができなかった。
ヴィアトリス王妃の姿が見えなくなると、令嬢たちは一同ほっと安堵の吐息をついた。
「リリアナ様、気にすることはありませんよ」
「……え?」
ベンチに腰を下ろすと、横に座ったベルフィオレ公爵夫人が穏やかにいった。
「王妃様は、エリザ様のことを気に入っておられましたから。それで、あのようなことを仰られたのでしょう」
「エリザ様を……」
意外な話に目を見開くと、ベルフィオレ公爵夫人はエドワードをちらりと見る。
「殿下とエリザ様の夫婦仲がよろしくないのを、心配されていたという話でございますわ」
「……そう、なのですか?」
「ええ。心配して、お部屋にお呼びになり、話をされたと聞いたことがあります」
「私も、聞いたことがありますわ。大層お気に入りだったと」
ベルフィオレ公爵夫人の話に、令嬢たちが相槌を打った。
もしかして、エリザ様は上手くヴィアトリス王妃に近づけていたのかしら。でも、だとしたらなぜ、塔の転落事故なんて……
「リリアナ様、気に病むことはありませんわ」
「私も、王妃様の高貴さに緊張してしまいますの。リリアナ様だけじゃありませんわ」
「同じですわ。エリザ様が仲良くされていたのが不思議だったくらいですわ」
「あらあら、皆さん、滅多なことを口にするものではありませんよ」
令嬢たちがこっそり打ち明けた言葉を聞き、ベルフィオレ公爵夫人は少し微笑みながら窘めた。
「リリアナ様。私たちもお力添えいたします。これから、エドワード殿下と共に、アルヴェリオンをお頼みします」
「ベルフィオレ公爵夫人……心強いです」
膝の上で握っていた手に、そっと手を載せたベルフィオレ公爵夫人は深緑の瞳に温かい光を湛えて微笑んだ。
それから穏やかなお茶会が続いた。アルヴェリオンで流行っているお菓子の話を聞いたり、デズモンドでのお茶会は作戦会議みたいなものだと話したり。
お互いの文化の違いに驚いたり、笑ったりして時間はあっという間に過ぎた。
◇
招待客の皆様を笑顔で見送った後、エドワードに誘われて庭を散歩した。
少し陽が西に傾く中、美しい花々を眺めていると、心が落ち着いていった。美しいダリアが咲き誇る花壇に差し掛かった時、エドワードは足を止めた。
「リリアナ、よく耐えたな」
私に向き直り、そっと髪を撫でてくれるエドワードは、優しい微笑みを浮かべた。
「エドワード様……私には、ヴィアトリス王妃の真意がわかりません」
一見、私を気に掛ける親切そうな振る舞いをしていた。だけど、どうしても引っ掛かりを感じる。どうして、皆さんの前でエリザ様の名前を出したのだろう。それに、デズモンドのことを聞きたいだなんて。
「……ヴィアトリス王妃は、私とゆっくり話をしたいと仰られました」
「王妃の部屋に来いと?」
「そうではないのですが、デズモンドのことを聞きたいと」
「そうか……」
夕暮れの中、エドワードの瞳が少し不安げに揺らぐ。
「無理はしないでくれよ」
「わかっています」
でも、ヴィアトリス王妃のテリトリーへと飛び込まなければ、きっと、真実はわからない。
胸のブローチにそっと手を重ねると、エドワードは私の肩を抱きしめた。
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