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第24話 魔族令嬢は、王妃の静かな声に緊張する

 お茶会の日、王宮の庭園は花と笑顔で溢れていた。

 エドワードに手を引かれ、白いベンチに座る招待客へとあいさつに回る。真っ先に紹介されたのは、一番年長だろう貴婦人だった。

 穏やかな微笑みを称えるその人が、落ち着きある緑のドレスを揺らして立つと、他の招待客も次々に席を立った。


「エドワード殿下。本日は、お招きいただきありがとうございます」

「ベルフィオレ公爵夫人、よく来てくださいました。妃のリリアナです」

「お初にお目にかかります、ベルフィオレ公爵夫人」


 ベルフィオレ公爵夫人に挨拶をすると「まあ、可愛らしいお姫様だこと」と微笑まれた。


「リリアナ。ベルフィオレ公爵夫人は、私の母の従妹に当たる。慈善活動家でもあり、とても頼りになる方だ」

「まあまあ、そんな褒めてもなにも出ませんよ、殿下。リリアナ様、困ったことがありましたら、いつでも頼って下さいね。殿方では頼りにならないことも多いですからね」

「ベルフィオレ公爵夫人、ありがとうございます。どうぞ、ご指導をよろしくお願いいたします」

「ふふっ、では、今度は私のお茶会にいらしてください。お友達を紹介しますわ」


 ベルフィオレ公爵夫人がベンチに座ると、エドワード他の方々を紹介してくれた。どの方も美しい所作で、暖かいく微笑んでくださった。


「お若いお妃を迎えたと聞いていましたが、本当に愛らしいこと」

「まるで朝露に薫る薔薇のようですわね」

「今日お召しのドレスも、若い薔薇のようですわ」


 若ご令嬢たちが、目を輝かせて話しかけてきた。


「このようなドレスは日頃着ないので、少し恥ずかしくもあります」

「そうなのですか? もっとお召しになればよろしいですよ」

「リリアナ様は、目鼻立ちもはっきりされてますし、華やかな赤いドレスもきっとお似合いになると思いますわ」

「ありがとうございます。赤は、私も大好きです」


 友好的な空気にほっとしていると「楽しそうですわね」と静かな声が響いた。一瞬にして、令嬢たちの表情が強張った。

 振り返ると、金糸で彩られたドレスをまとったヴィアトリス王妃が立っていた。豪華な金色のドレスと、彼女の広げる扇子に描かれた蝶が、陽光をギラギラと返した。

 息を飲み、令嬢たちの前に一歩出て、震え出しそうな手に力を込めて淑女の挨拶を披露する。その横で、エドワードが「ヴィアトリス王妃、よくいらっしゃいました」というと、王妃は扇子をパチンっと鳴らして閉じた。


「少し、お茶会を開くのが遅かったわね」

「申し訳ありませんでした。王妃に失礼のないよう、準備に手間取りまして」

「そう……リリアナ、改めて、アルヴェリオンへようこそ」


 私に向き直ったヴィアトリス王妃の扇子が、肩を叩いた。


「素敵なドレスね。エドワードの薔薇にふさわしい美しさだわ」

「ありがとうございます、ヴィアトリス王妃」

「それに」


 どうぞこちらへと案内しようとした時だった。

 赤い唇を吊り上げたヴィアトリス王妃は私の顔を覗き込むように、距離をつめた。


「エリザを思い出したわ」


 淡々とした言葉に、どきりと心臓が跳ねた。

 背中を汗が伝う。どう返すのが正解なのかもわからず、息を飲んだ時だった。ベルフィオレ公爵夫人が「ヴィアトリス王妃、こちらへどうぞ」と声をかけてくれたおかげで、王妃の視線がそれた。


 ヴィアトリス王妃が当然のように中央に座し、私は気づかれないように息を吸い込んだ。すると、寄り添うように横に立つエドワードが、そっと背中に触れた。


「リリアナ、さあ、座ろう」 


 ほっと息をついて頷くと、緊張の糸が張り詰めたまま、お茶会が始まった。


 デイジーとサフィアがお茶を注いで回る。


「まあ、この紅茶、花の香りがしますわね」


 ベルフィオレ公爵夫人の穏やかな声に、令嬢たちが、次々に「まあ本当に」と頷きながら顔をほころばせた。ヴィアトリス王妃も、少し微笑んで「薔薇の花弁茶かしら」といって、香りを楽しむ素振りを見せた。


「先日、私が幼い頃世話になった家庭教師に会いまして。その時に分けて頂いたものです。リリアナが大層気に入り、皆様にもぜひ振舞いたいと」


 私を見たエドワードに、少し戸惑いながら頷くと、令嬢たちから「まあ」と小さな驚きの声が上がった。


「素敵な紅茶ですわね。リリアナ様、ありがとうございます」

「いいえ。皆様に喜んでいただければ、なによりです」

「こちらのお菓子もとても可愛らしいですわね。お花がのっていましてよ」

「ああ、それもリリアナが皆様に食べて頂きたいと、用意したものです」


 楽しそうに微笑むエドワードを見て、令嬢たちは声を揃えて「まあ」といいながら頬を染めた。


「エドワード様は、リリアナ様がとても愛しいようですわね」

「こんなに愛らしい方を迎えたんですもの、当然ですわね」


 私と年が近いだろう二人がにこにこ笑いながら囁き合うのが聞こえた。それが恥ずかしくて、思わず俯くと、ヴィアトリス王妃が「デズモンドでも」と口を開いた。


 びくりと肩を震わせて顔を上げると、ヴィアトリス王妃は静かにカップを受け皿に下ろした。


「デズモンドでも、薔薇の花をお茶にするのですか?」

「……いいえ」

「そう。では、どのようなお茶を飲むのかしら?」

「それは……ごく普通の紅茶を嗜みます」

「普通。そう……魔物の討伐に明け暮れる日々でも、お茶を飲む時間はあるのですね」


 穏やかな口調の中に、刺さる言葉を感じ、胸がざわついた。

次回、本日21時頃の更新となります


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