第22話 魔族令嬢は、前妃の事故死に疑問を抱く
「エリザとの結婚は政略結婚だったと話しただろう?」
「はい。ですが、王家の婚姻となればごく普通のことかと」
「ああ。私とリリアナもそうだな」
「それとエリザ様の事故死になんの関係があるのですか?」
エリザ様の事故死については、ずっと引っ掛かっていた。エドワードは、彼女を愛していなかったし、離縁を考えていたともいっていた。王家ともなれば、離縁をするなんてそう簡単じゃないのに。
エドワードは一度、瞳を閉ざすと深く息を吸った。そうして開かれた瞳には、揺らがない光が見える。
「エリザは、塔から転落したんだ」
「転落……?」
ぞくりと背筋が震えた。
塔から落ちるだなんてあるのかしら。窓枠が外れたの? そもそも、王弟の妃が一人で出歩くなんて……
考えれるにつれ、嫌な想像が脳裏をかすめる。事故などではなく自死、あるいは何者かに突き落とされたのではと。
「エリザは、王妃の罪を暴くため、私に協力する侯爵の娘だった。全てが整ったら、離縁をする約束での婚姻だった」
「それはつまり……」
「ああ、君と同じく、王妃に接近するために、協力してくれていた」
エドワードの淡々とした言葉に、胸が苦しくなる。
シナリオ通りにいかず、エリザ様を死なせてしまった後悔を抱いて、エドワードは五年間生きてきたのね。
「……エドワード様は、エリザ様が何者かに突き落とされたと、お考えですか?」
例えば王妃自ら、あるいは王妃の息がかかった者の手で。──言葉にせずとも、エドワードには伝わったのだろう。その端正な眉が顰められ、彼は静かに頷いた。
エドワードの瞳が一瞬ゆれた。
優しい彼のことだから、私がエリザ様と同じ道を辿るのではと、心配しているのかもしれない。そう思うと、私の胸はますます苦しくなる。
「この五年、その証拠を探してきたが、なにも見つかっていない。遺書すらない」
「塔では、誰かご一緒だったのですか?」
「……サフィアだ」
「サフィア……侍女のサフィアですか?」
予想外な言葉に驚きつつ、ああ、と納得した。
彼女は、私がヒマワリのドレスを着た時に、誰かを呼んでいた。あれは、やはりエリザ様だったのね。
「しかし、塔には入っていない。エリザは塔にある書を取りに行くといって入った。それは、塔の入り口を守る衛兵も確認している」
「なぜ、エリザ様はお一人で?」
「その時、彼女以外、塔の中に人はいなかった。エリザは一人になりたいからと、サフィアを塔の前で待たせたそうだ。それは、衛兵も確認している」
「……そんなことがあったから、サフィアは今でもエリザ様のことを思い悩んでいるのですね」
王弟の妃が自死したとなれば、大問題だ。だから、事故死ということになったのだろう。塔の窓枠が外れたとか、適当な理由をつけて。
「しばらく、サフィアには暇をやったが、私が君を娶ると聞き戻って来たんだ。君を、エリザと同じ目に合わせたくはないと」
「そうでしたか」
「サフィアも味方だ。そして──」
エドワードの視線が、傍らで微動だにせず控えているローレンスに向けられた。いつも静かにたたずむ彼の瞳は、悲しみと怒りが滲んでいる。
「ローレンスは、エリザの兄だ」
「……え?」
「この五年、私の護衛騎士として側にいるが、エリザの死の真相を探る手助けもしてくれている」
紹介され、一礼したローレンスは小さく息をつく。
「ローレンス、これからも頼むぞ」
「お任せください。リリアナ様を妹のような目には、決して合わせません。必ずや、お守りします」
「それと、デイジー」
「は、はい──!?」
黙って控えていたデイジーは、突然、言葉をかけられたことに驚いて目を丸くしながらも、背筋を伸ばした。
「君にも協力して欲しい。今後、王妃がリリアナと接触することになるだろう。サフィアと協力して、リリアナを守って欲しい。なにかあれば、ローレンスに報告を頼む」
「……わかりました! 元より、私の命はリリアナ様のためにあります。全力で、お守りします!」
胸を張るデイジーに「ありごとう」と声をかければ、彼女はいつものように破顔した。
「頼もしい限りだ。──それから、今後、茶会を開くことも増える。その時は、彼らを護衛につける」
そういったエドワードは、少し離れたところで控えていた三名の騎士に視線を向けた。三名は一歩前に足を踏み出し、姿勢を正した。よく見ると、その中に一人、見覚えのある顔があった。パサージュで子どもを助けてくれた男だ。彼は、私が気付いたことを察したのか、少し頭を下げた。
ローレンスが、彼らの前に歩み出て、こちらに向き直った。
「彼らは、ローレンス直属の騎士だ。信用に値する」
「わかりました」
彼らに向き直り、一同を見渡す。
「亡きエリザ様のためにも、必ずアルヴェリオンを守りましょう。皆さん、よろしくお願いします」
決意を胸に告げると、一歩前に踏み出したローレンスが「リリアナ様、必ずお守りします。妹の無念を晴らすためにも」といった。
フェルナンドの薔薇として、いいえ、エドワードの薔薇として、やり遂げてみせる。
緊張に手を握りしめていると、エドワードが肩に触れた。
「リリアナ、一つだけ約束をしてくれ」
「約束、ですか?」
「ああ……決して無理をせず、危険だと思ったら逃げるんだ。全速力で」
ふっと笑ったエドワードは、私の髪をそっと撫でた。
馬車の中での会話が、脳裏によぎる。
「大丈夫ですわ。私、逃げ足には自信がありますのよ」
「頼りにしているよ……私の可愛い薔薇≪リリアナ≫」
私の手をとったエドワードが「さあ、行こうか」という。
手を取り合った私たちは石碑に一礼をし、踵を返した。すると、まるで背中を押すような強い風が一陣、吹き抜けた。
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