第21話 魔族令嬢は、王弟殿下を助けたい
今、私を見つめるエドワードの瞳には、いつもと違う。
胸が苦しい。こんな顔をさせたくない……優しく微笑んでいて欲しい。どうすれば、いつもの笑顔を取り戻せるの?
深く息を吸い、「どういうことですか?」と真意を問えば、エドワードの瞳はさらに厳しさを増した。
「この国は一見平和に見えるだろう。しかし、今、危機に瀕している」
「危機……でも、街は賑わっていましたわ」
「ああ、そうだな。私はその街を、民の笑顔を守りたい」
つい先日、お忍びで見て回った城下の様子を思い浮かべた。人の笑顔で溢れていた。物資も豊富で、争いもない。平和そのものに見えたわ。なのに、国が危機に瀕している。
つまり、見えないところで動いている者がいるということ?
「他国から攻められようとしているのですか? まさか、デズモンド?」
「そうじゃない。アルヴェリオンが警戒すべきは、他国ではない。ましてや、デズモンドでもないよ」
「では、いったい……」
聞きながら、声が震えそうになった。敵が外でないとすれば、後は内部の者。
脳裏に、冷たい瞳が浮かぶ。そう、それは──
「この国を蝕む者は──王妃ヴィアトリス」
エドワードの言葉に、背筋が震えた。
謁見の間で初めて対面した時、ヴィアトリス王妃の目は笑っていなかった。そうよ、私はあの黒い瞳を見て、獲物を値踏みするようだと感じた。気のせいではなかったのね。
「兄上は王妃のなすがままだ。王妃が実権を握り、一部の諸侯が懐を肥やす」
諸侯は特権を欲し、ヴィアトリス王妃に貢ぐ。その為、地方領主は納税を強化し、自由農民の不満が高まっている。──王都の華やかさからは想像ができない、国の腐敗が始まっているとわかる一端を、エドワードは掻い摘んで教えてくれた。
「兄上は、日増しに弱られる。ほんの一年前はお元気だった。それが、今はまったく覇気がない様子」
「……まさか、毒を盛られているのでは?」
「かもしれない。しかし、それを暴くことも出来ずにいる」
ロベルト王に最も近いヴィアトリス王妃なら、簡単に毒を盛れるわ。でも、殺すことが目的じゃないということね。王を弱らせ、実権を握るのが目的。だとしたら、何年もかけて弱らせていた可能性があるわね。簡単に尻尾を出さないというより、用意周到に進めてきたのかもしれない。
ヴィアトリス王妃の冷たい眼差しを思い出し、背筋が冷えた。
なんて怖い女なのかしら。
力が全ての魔族が、可愛く見えてくるわ。
ロベルト王が傀儡となっているなら、ヴィアトリス王妃を力でねじ伏せることは無理ね。どうにか、追い詰める証拠を掴むしかない。とすれば、誰かが王妃の懐に入り込むのがいいわ。それが可能なのは侍女か、彼女を慕う諸侯、令嬢……
「エドワード様、私なら王妃に近づけます」
ブローチに指を添え、彼を真っすぐに見つめた。
エドワードの綺麗な眉が少し歪む。一度唇を噛み、深く息を吸った彼は、私を見た。
「……頼めるか?」
「このブローチは、その為のものでしょ?」
「それは……すまない」
傷を負ったわけでもないのに、エドワードの顔はますます辛そうになる。こんな顔をさせたくないのに。
「大丈夫です。私はフェルナンドの薔薇……戦場ではお役に立てませんが、精一杯、エドワード様のために──!?」
働いてみせましょうといい終える前に、エドワードは強い力で私を引き寄せ、その腕で抱きしめた。
「こんなことは、させたくなかった」
「……エドワード様?」
「本心をいえば、君を王妃に近づけたくはない。しかし……悪魔を追い出さなければ、城に君の居場所も作れない。だが、このままでは国もなくなってしまうだろう」
肩を締め付ける腕に力がこもり、伝わる鼓動が耳に触れた。
伝わってくる激しい鼓動と感情に嘘偽りなど感じない。
「私は……王弟だ。君を連れて逃げ出すわけにもいかない。許して欲しい」
首筋に、熱い雫を感じた。
「エドワード様……泣いていらっしゃるの?」
「……すまない。情けない姿をさらしてしまって」
そっと私の肩を離したエドワードは、顔を背けると手の甲で目じりを抑えた。その手に指を伸ばすと、彼は驚いた顔をして私を振り返る。
エドワードはいつヴィアトリス王妃の企みに気づき、戦ってきたのだろう。
弱みも失敗も見せられず、平和なはずのアルヴェリオンで、人知れず王妃と戦ってきたのね。もしも、エリザ様が生きていらしたら、彼女が支えになっていたのかしら。
エドワードの手を握りしめ、顔も知らない亡霊に胸が痛んだ。
「……リリアナ。もう一つ、私の話を聞いてくれるか?」
「なんでしょうか?」
私の手を握るエドワードの指に、少し力が込められた。
「エリザの事故死についてだ」
「……エリザ、様」
私の考えを呼んだのかと思えるタイミングで、エリザ様の名が出てくるなんて。驚きに声を震わせると、エドワードはまた苦しそうに顔を歪ませた。
次回、本日17時頃の更新となります
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