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第20話 魔族令嬢は、王弟殿下の告白に驚く

 馬車が止まった。

 エドワードに手を引かれて降り立ったのは、鬱蒼と木々が生い茂るグリムオースの入り口。


 森は特に柵が張り捲らされることもなく、誰でも入れそうに見えた。だけど、その一角にあった二本の石柱が、まるで別世界への入り口のように厳かな空気をまとっている。


「リリアナ、疲れてはいないかい?」

「大丈夫です。デズモンドからの馬車に比べたら、それほどの距離ではありません」

「頼もしいな。それでは行こうか」


 差し出されたエドワードの手に指を添えると、しっかりと握りしめられた。

 手を引かれて進む私の後ろにはデイジーとローレンス、それに若い護衛騎士が三名いる。


「騎士の方々は、全員いらっしゃらないのですね?」

「外からの守りも必要だからな」

「……外、ですか?」

「悪魔が森の中にいるとは限らないだろ?」


 エドワードはおかしなことをいう。森にいなければ、グリムオースの悪魔とはいえないわ。

 悪魔か……ふと王城に住まう悪魔のことを思い出した。それと、ヴィアトリス王妃の冷たい眼差しを。


 もしも、悪魔がいるとしたら、あのように冷たい眼差しをしているのだろうか。──こんなことを考えてると知られたら、不敬を問われかねないわね。


 踏み入った森は静かだった。

 頭上を見れば、木の枝が覆い被さるようにして交わっている。ここはまるで、木のトンネルだわ。その足元は、整えられた歩道だ。

 靴音がこつこつと、静かな森に響く。


「……不思議な森」


 デズモンドでは、森に近づけるのは腕に覚えのある者たちだけだ。身分に違わず、己の身を守れないものは入ってはならない。それくらい、危険なものだ。例えば、木陰から──木々が揺れ、ざわざわと音を立てた瞬間、反射的に身体が硬直した。


 思わずエドワードの手を握りしめると、彼は足を止めて私を見た。


「どうかしたかい、リリアナ?」

「……木の葉が揺れただけのようです」

「ああ。今日は風があるからな」

「風……そうですよね。風に揺れただけですよね」

「悪魔がやって来たと思ったか?」


 少しだけからかうような顔をしたエドワードだったけど、すぐに表情を引き締める。そうして、私の肩を抱きしめると「大丈夫、ここに魔物はいないよ」と耳元で囁いた。


 どきりとした。

 私が魔物に怯えたと、どうしてわかったのか。


「デズモンドの森とは違う。そう、身構えて進むことはない」


 再び風が吹き抜け、はらりはらりと小さな葉が落ちてきた。それが私の髪に落ち、エドワードはそっと摘まんだ。


「……本当に魔物がいない森があるんですね」

「支柱の間を通って来ただろう。森の周辺に何本も打ち込まれたあれが、結界の要となっているんだ」

「それが、魔物が入り込めない訳なのですね」


 デズモンドでも、城壁に結界の支柱を使っている。でも、あれはそう多く作れるものじゃないわ。広大な森を囲うのに、どれだけの本数を使っているのかしら。


「ここの結界は特注品でね。森の結界を越えるのには、まず、魔族か人族であること。それと、王家の血を引いているか、王家の承認を得た者でなければ通れない」

「……だから、悪魔は入れないだろうと、仰られたのですね?」

「ああ、そうだ」


 エドワードは頷くと、再び私の手を引いて歩き出した。握る手に、少しだけ力が込められる。まるで、この手を離さないというように、しっかりと。


 再び進んだ石畳の先から、眩しい光が森に差し込んだ。少し目を細め、その先へと足を踏み出すと、小さな広場に出た。石畳の中央には、石碑がある。ここが、和平条約を結んだ場。デズモンドとアルヴェリオンの、真の境界線なのだろう。


 石碑の前で立ち止まったエドワードは、私に向き直った。いつも柔和な笑みを浮かべている彼だけど、今は真っ直ぐに私を見ている。


「……エドワード様、悪魔とはなんなのでしょう?」

「その話をするために、ここへ来たんだ」


 ひと際強い風が吹き、聞こえてきていた小鳥や小動物の声が一斉に止んだ。まるで、悪魔の話に怯えたように。


 視察と称してここに来て話すのだ。きっと、城にある目から逃れる必要があるのだろう。例えば、ロベルト王やその妃ヴィアトリスの耳には入れたくない、秘密のなにか。


 私に向き直ったエドワードは、両手で私の手を握った。


「リリアナ、私に力を貸して欲しい」

「……私はエドワード様の妃です。これからも貴方のためにあります」

「ありがとう、リリアナ。私は──」


 感謝の言葉を述べながらも、エドワードは微笑まない。そこにあるのは、覚悟を知る魔王様のような厳しい眼差しだ。


「アルヴェリオンを取り戻したい」


 突然の告白に驚き、私は息を飲んだ。

次回、本日15時頃の更新となります


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