第18話 王弟殿下は、月夜に誓う(エドワードside)
静かな扉に「ローレンスか?」と声をかければ、静かな声が返ってきた。
「はい。遅くなりました」
「入れ」
「失礼します。殿下」
部屋に入ってきた護衛騎士のローレンスは、機敏な動きで一礼する。
「昼間は付き合わせてすまなかったな」
「いいえ、殿下の護衛が私の任務ですから」
「リリアナの侍女も守ってくれただろう?」
「……侍女殿になにかあれば、妃殿下が悲しまれるでしょう」
「いい判断だ。これからも、リリアナのために動いてくれ」
テーブルの上のグラスにブランデーを注ぎ、ローレンスにも「一杯どうだ?」と訊いてみるが、予想通り「また後日」と断られた。一度たりとも、その後日が訪れたことはない。本当に真面目一辺倒な男だ。
「それで、今日の街中で不穏な動きはなかったか?」
「はい。こちらの様子を探る輩はおりましたが、ご命令通り、捕らえず泳がせました」
「そうか。その者たちは、やはり──」
「ガレスにも探らせましたが、おそらく、間違いないかと」
静かに同意するローレンスは「どういたしましょう」という。捕えようと思えば、おそらく出来る。しかし、所詮、こちらを探っているやつらは、捨て駒にすぎないだろう。
ブランデーを一口飲み込み、熱を持った息を静かにはく。
「……まだ、決め手がない。エリザ嬢を手にかけた証拠すら、この五年間見つけ出せていない」
膝に肘を突いて項垂れると、ローレンスが私を気遣うように「エドワード様」と名を呼んだ。
「リリアナをあのような目に合わせるわけにはいかない。ローレンス、これからも頼むぞ」
「お任せください、殿下」
「リリアナの侍女もだぞ」
「心得ております。しかし……」
言い淀んだローレンスに「なにか問題でも?」と尋ねると、彼は珍しく視線をさまよわせた。いつも歯切れよくものをいう彼が珍しい。なにか問題でもあるのだろうか。
「その、侍女殿は少々行動力があるので」
「行動力?」
「光玉の騒動でも、侍女殿は妃殿下を心配されて飛び出そうとされました。騒ぎを大きくされてはと思い、止めはしましたが……小柄でいながら、なかなか力も強い方で」
いいながら頬を摩ったローレンスは苦笑を浮かべた。よく見れば、その頬が少し腫れている。
「もしや殴られたのか?」
「いいえ。たまたま手がぶつかっただけです」
「ははっ、そうか……彼女が異国で頼れるのはリリアナだけであろう。あのような騒動が起きれば、咄嗟に体が動くのも仕方あるまい」
「私もそのように考えております」
「とはいえ、この先、邪魔立てされても困るな」
デイジーにとっては、主であるリリアナの安全が最優先だろう。その安全を脅かす者がいると分かれば、こちらと利害は一致するはずだ。私たちと敵対することはないだろうが、衝動的に動かれても困る。早々に、こちらの考えを伝えておくべきか。
グラスを揺らしながら思案していると、ローレンスが私の考えを察して「お二人に話されてはどうでしょうか?」といってきた。
「……そうだな」
「それに、このままお茶会を開かないのは、事情を知らない者たちに不信感が募ります。お茶会を開くのでしたら、侍女殿にも警戒してもらうに越したことはありません」
ローレンスの提案に、思わず低く唸った。
わかっている。そろそろ、茶会を開いて協力者にもリリアナとデイジーを引き合わせる必要がある。しかし、その場にあの女を呼ばないわけにもいかない。
「ご心配な気持ちはわかります。ですが、城内で妃殿下のお立場を作るためにも、そろそろ動かれませんと」
「そうだな……三週間後、茶会を開こう。その前に、不可侵の森へ行く。あそこであれば、あの女の目も届くまい」
「……かしこまりました。護衛騎士の編成はお任せください」
深く頭を下げたローレンスは「失礼します」といって立ち去ろうとした。
「ローレンス、もう一つ聞きたいのだが」
「なんでございましょう?」
「光玉の騒動で、あの母子を咎めたりしていないだろうな?」
「もちろんでございます。馬車の車輪が割れておりましたが、その修理代を握らせ、事を大きくしないようガレスが話しをつけたようです」
子どもを助けてすぐ、馬車へと駆けていった青年を思い出した。まだ若いがなかなか気骨のがある若者だ。
「ガレスに、見事な働きだったと伝えてくれ。これからも頼りにしていると」
「はい、殿下」
頭を下げたローレンスは、再び「失礼します」といって、今度こそ部屋を出ていった。
再び静かな部屋で一人となった。
窓に歩み寄り闇夜を眺めていると、風が木々を震わせた。雲が流れ、冷たい月の光が差し込み、手元を照らした。
月の光を受けたブローチが輝く。
「……リリアナ」
必ず、私が守る。
エリザのような目に、君を遭わせてなるものか。
次回、本日12時頃の更新となります
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