第16話 魔族令嬢も、王弟殿下の好きなものが知りたい
エドワードは一度、深い息を吐くと私の名を呼んだ。
「リリアナ……城には君を惑わす悪魔がいる」
「悪魔、ですか?」
「このブローチを君が使えば、私のも動くようになっている。危険を感じたら、迷わず使ってくれ」
「……悪魔というのは、魔物ですか?」
「そうではないが」
私の手を強く握りしめたエドワードは「ただの用心だ」と笑った。
ここでは話せないということかしら。
そういえば、エリザ様の話をした時も、王城に悪魔が巣くうといっていたわ。魔物ではないというなら、もしかして、それは誰かの悪意ということかしら。
ふと、ヴィアトリス王妃の冷たい瞳がよぎった。
「──エドワード様、素敵な贈り物をありがとうございます。大切にします」
ブローチに手を重ねて微笑めば、エドワードはほっと安堵の吐息をついた。
アルヴェリオン王城にはなにかがある。幸せそうなこの国に巣食うなにかと、彼は戦っているのかもしれない。その手伝いが出来ればいいのだけど……
◇
工房を出ると、走ってきた子どもとぶつかった。
子どもの手から、丸いガラス玉のようなものがバラバラと落ちる。そこに、馬車が入って来た。
「危ない!」
とっさに子どもに手を伸ばした私は、後ろからエドワードに強く引っ張られた。瞬間、バチバチとなにかが弾ける音がしたかと思うと、光と煙が充満した。
通りをゆく群衆から悲鳴が上がる。
「子どもが! エドワード様、子どもが!!」
「大丈夫だ」
すっと片手を突き出したエドワードの手に向かって、立ち込めていた煙が集まってきた。
晴れた視界の中にいたのは、子どもを抱えた若い男性。彼は、子どもを地面に下ろすと、立ち往生した馬車により、何か話しかけていた。
「ここは、彼に任せよう」
「で、でも……」
足元で涙目になっている子どもを不憫に思い、戸惑っていると、男性がこちらを見た。彼が少し頭を下げる仕草をすると、エドワードは手を上げる。もしかして、知り合いなのかしら。
「今日はお忍びだからね。騒ぎになっては、あの馬車に乗っている者にも迷惑がかかる」
私の耳元で囁いたエドワードは、少し強引に手を引いた。
乗ってきた馬車に乗り込み、そっと窓の外を見ると、騒ぎの中かけつけた母親らしい女性が子どもを抱きしめていた。
ほっと安堵すると、馬車が動き出した。
「……あの子どもは、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろう。光玉が馬車の車輪で割れただけだ」
「光玉?」
「夜空に投げて割ると、綺麗な光の花が咲くんだ。誕生日パーティーなんかでよく使われるんだけどね」
「そうなのですね……それを壊したことを、怒られてないといいのですが」
幼い頃、家にあった父のグラスを割ってしまい、お母様に凄く怒られたことをふと思い出した。
「怒られるかもしれないな」
「さっきの子は、私にぶつかって光玉を落としたのでうから、それは可哀想すぎます」
「しかし、落とさぬよう袋に入れておくべきだった」
「……そうですが」
至極当然の言葉に、少し寂しい思いをして俯くと、エドワードは私の肩を抱いた。
「大丈夫。さっき見ただろう? 母親はあの子を抱きしめていた。お説教の後も、きっと抱きしめてくれるさ」
「……そうでしょうか?」
「ああ。悪いことは悪いと、教えないといけない。それが大人の役割だ」
悪いことは悪いと。──エドワードは本当に真っ直ぐな方なのね。
馬車の窓から夕陽が差し込み、赤く染まった彼の髪を見て、胸が締め付けられた。
私を振り返ったエドワードが目を細めて微笑む。
「それに、あのままあそこにいたら大騒ぎになったよ」
「……そうですね」
「王弟の妃にぶつかったなんて知られたら、あの親子はどんなお咎めを受けることになるか」
「──えぇっ!?」
「残念だけど、私たちはそういう立場なんだよ。だから、あの場はああして彼らに任せるのが一番だ」
「彼ら……?」
なんのことかと首を傾げれば、エドワードはふふっと笑った。
頷いた彼はそれ以上教えてくれなかった。もっと、教えてくれてもいいのに。
そっとブローチに触れ、いいことを思いついた。
きっと、私がエドワードのことを知らなすぎだから、彼の考えが読めないのよ。もっと、知るべきなんだわ。
「私、何も知らなすぎだと思うの」
「そうかな?」
「ええ……デズモンドとアルヴェリオンの文化が違うのもそうだけど」
ブローチを握りしめ、エドワードを見つめる。
「エドワード様が、私のことを知りたいと思うように、私だって……もっと、色々なことを知りたいのです」
綺麗な瞳が驚きに見開かれた。
貴方のことを知りたいなんていったら、はしたないだろうか。でも、知りたいの。
「エドワード様をもっと知れば、もっと、貴方を理解できると思うのです。ですから、その……」
そっと、エドワードの胸元で輝くブローチに触れた。
鼓動が早くなり、耳まで熱くなった。
「……エドワード様のお好きなものを、私にも見せてください」
視線が合うと、エドワードは少し照れたように微笑み、私の指に手を重ねた。
「リリアナの顔で、いっぱいになりそうだな」
「……え?」
「ふふっ、なんでもないよ。私の日常は、執務ばかりで面白いものはないが……」
誤魔化すように笑ったエドワードは「本は好きかい?」と訊いてきた。
「好きですけど……」
「それなら、私の愛読書を毎日紹介しようか。朗読はどうだ?」
「ふふっ、お忙しい毎日に、そんな暇があるのですか?」
「寝る前の少しぐらいいいだろう」
未だベッドを共にしていない私たち。
一人のベッドで、エドワードの声を聴きながら眠るのも悪くはないかもしれない。──彼の手を握りしめて「楽しみにしています」といえば、彼の指が絡まった。
次回、明日7時頃の更新となります
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