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第15話 魔族令嬢の胸に輝く銀のブローチ

 手を引かれてくぐった扉の向こうは、不思議な空間だった。

 天井からたくさんの銀の飾りが下がっている。それらがくるくると回りながら、不思議な音色を奏でていた。


「殿下、お待ちしておりました」


 迎えてくれた女性は、奥の応接室へ私たちを案内した。勧められるままソファーに腰を下ろすと、銀のティーセットが運ばれてきた。

 優しい紅茶の香りが広がる。

 ここはティールームではないわよね。なにをしに来たのかしら。


 不思議に思っていると、革の手袋と前掛けをした男性が現れた。輝く装飾品が美しいこの空間が恐ろしいほど似合わない厳つい雰囲気に驚き、思わず身を強張らせると、エドワードが小さく笑った。


「スミス、少しは愛想よくしたらどうだ? 妻が怯えてしまっている」

「申し訳ありません。この顔は生まれつきです」

「──!? いいえ、怯えてなどおりません」

「ははっ、そうか? しかし、こんな不愛想な大男が出てくるとは思っていなかった。そうだろ?」

「……意地悪をいうために、ここに連れてきたのですか?」


 少しだけ癪に思ってそっぽを向くと、エドワードは「機嫌を直してくれ」といった。


「機嫌を損ねるような、子どもっぽいことをしたのはエドワード様でしょ」

「違いない。悪かったよ、リリアナ」


 手がそっと握られた。

 私より年上なのに、子どもっぽい意地悪をいうこともあるのは意外だわ。それもすぐ謝るなんて。

 ちらっとエドワードを見ると「拗ねたリリアナも可愛いな」と呟かれた。


「……そんなことをいうために、ここに来たのですか?」

「いいや、そうじゃないよ」


 ふふっと笑ったエドワードの視線が、スミスと呼ばれた男性へと向けられた。すると、彼は木箱を差し出した。それを「ありがとう」といって受け取った彼は、私に向き直る。


「君に渡したいものがある」


 開けられた箱に収められていたのは、ブローチだった。銀の薔薇に縁どられた赤い宝石がキラリと輝くそれは、よく見ると、エドワードの胸元に光るものとよく似ている。


「……これを、私に?」

「ああ、君のために作らせた」


 ブローチを一つ手に取ったエドワードは、私の胸元にそれを留めながら「このブローチは特別なんだ」といい、自身のブローチに触れた。すると突然、私のブローチが眩い光を放った。その光の中に、薔薇の生垣が浮かぶ。これは、お城の庭だわ。


「……これは、どういうことですか?」

「片方で記録した映像が、もう片方で投影される仕組みだ」

「記録した映像?」


 輝く光の中で薔薇が揺れ、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「音まで……もしかして、これにも魔法が?」

「ああ。風と光の魔法が組まれている。スミスは魔術師としても一流だからな」


 自慢げに笑うエドワードに、銀細工師は「恐れ入ります」と静かに頭を下げた。

 不愛想な人だけど、ブローチをはとても先生な作りをしている。あの太い指から、こんなにも細い線が生まれるのね。


「……あら?」


 そっと触れたブローチの側面に、小さな宝石があることに気付いた。こんな見えないところになんでかしら。


「気付いたか。それを押してごらん」

「これを、ですか?」


 そっと押すと、今度はエドワードのブローチが輝き始めた。そうして、彼がブローチに触れると光が浮かび、彼の柔和な笑顔が映し出された。そうか、横に付いている小さな宝石がスイッチなのね。

 面白い魔法だわ。でも、なにに使えるのかしら?

 私が体の向きを変えれば、今度はデイジーの姿が映った。凄くそわそわしているわね。


「エドワード様、これをどうしたらいいのでしょうか? とても面白い仕組みですが、私には、使い道がわかりません」

「リリアナが見たものを、私に見せて欲しいんだ」

「私の見たもの?」

「綺麗だと思ったもの、感動したもの、美味しいと思ったもの……なんだっていい。君の好きなものを共有したい」

「私の好きなもの……」


 いわれてすぐ、視界に入ったのはエドワードだった。

 胸の奥がそわそわする。私の好きなものってなんだろう。それを彼に教えるって……私のことを知ってもらうも同じよね。それなら、私もエドワードの好きなものが知りたい。

 エドワードの指がブローチに触れると、光は静かに消えた。

 

「後で、細かい使い方を教えよう。きっと、君の役に立つときがくる」

「このブローチがですか?」


 オモチャのようにしか思えないこのブローチが、なんの役に立つのだろうか。例えば、諜報活動をするというなら便利だろうけど。


 首を傾げていると、エドワードの表情が真剣なものになった。

次回、本日21時頃の更新となります


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