第14話 魔族令嬢は、二つの国を思う
エドワードの真剣な瞳に、私が映っていた。
「どうしたんだい、急に?」
「……魔物を食い止める魔族を恐れる人族もいると聞いております。我らも、戦闘力は人に劣らぬと自負しています」
だからこそ、アルヴェリオンを落とせという過激派がいる。それを、魔王様は良しとしないから、こうして和平条約を維持されているのだろうけど。その本心を知る者は誰もいない。
膝の上で手を握りしめ、言葉を探した。
今、私はフェルナンドの薔薇として、あるまじきことを話そうとしている。こんなことを話していると、魔王様が知ったら裏切りと思われるかもしれない。でも、私は──
「でも、劣らないのはそこだけです。きっと、英知は人族にこそあるのだと……この輝く街並みを見て、敗北感すら感じています。いつか、デズモンドはなくなるのではないかとすら。そんなこと、思ってはいけないのに」
声が震えた。
魔王様はお強い。騎士たちも精鋭ぞろいだ。だからこそ、魔物の脅威を前にしながら国が成り立っている。でも、こうして穏やかな街を見て、アルヴェリオンを知っていくと、不安になる。
アルヴェリオンに嫁いだけど、エドワードが大切に思ってくれているのはわかるけど、私の心はまだデズモンドを離れられないんだわ。過酷な国でも、あそこが私の生まれ故郷だもの。
「リリアナ。私は、デズモンドを恐ろしいとは思っていない。むしろ、頼もしいと思っている」
「……頼もしい?」
「英知だけではどうにもならないこともある。力と英知、お互いを補えたら素晴らしいとは思わないかい?」
強く握りしめていた拳に、そっとエドワードが手を重ねた。
「優劣などつけなくていいんだ。私とリリアナが共に歩くように、アルヴェリオンとデズモンドも手を取り合っていけばいい。そう思っているよ」
「……エドワード様」
「とはいえ、私は王弟でしかないから、兄上の考え次第ではあるが……和平条約を反故にするような人ではないよ。心配することはない」
その言葉を信じていいのか。いいえ、私は信じるしかないのだろう。
エドワードの手を握ると、温かな声が「大丈夫だ」と耳に響いた。
「リリアナは、デズモンドを愛しているんだね」
「……そうなのでしょうか?」
「国を憂いるということは、そういうことだ。いつか、同じようにアルヴェリオンも愛して欲しい」
「アルヴェリオンも……」
予想外な言葉に、ただただ驚いて目を見開いた。
そうか。私は嫁いできたんだもの……そうよね。これからはアルヴェリオンで生きるのだから、デズモンドと同じくらい、未来を考えなければならないんだわ。
「……そうですよね。両国とも幸せにならないと」
「そのための和平条約だ。私たちで、両国を残していくんだよ」
私たちでという言葉が、胸に響く。握り合う手を見つめ、心が穏やかになっていくのを感じた。
「エドワード様……私は、すぐ考え込んでしまいます。デズモンドのこと、私自身のこと……そのたびに、こうしてご迷惑をおかけすると思いますが──」
「迷惑なんてことはないよ」
「……そうでしょうか?」
「ああ、君の素直な気持ちを、これからも教えてほしい。私たちは、お互いなにも知らないのだから」
お互いになにも知らない。本当にそうだ。私だって、エドワードのことをなにも知らない。
エドワードの手を少し強く握りしめると、若葉色の瞳が少し見開かれた。
「では、エドワード様も、私になんでもお話しください。お気持ちが知りたいです」
「──ははっ、そうだな。少しずつ、お互いを知っていこう」
私を見つめる瞳が少し切なそうに細められた。
もしかして、エリザ様のことを思い出されて……彼女はまだ、エドワードの心にいらっしゃるのかもしれない。
ほんの少し寂しく感じつつ、そこに彼の優しいぬくもりも感じる。
「リリアナ、見てごらん」
促されて外を見ると、見覚えのある通りに差し掛かった。職人通りだ。
「君を連れて行きたい場所が、もう一カ所あるんだ」
「……私を?」
「気に入ってくれたら嬉しいんだけど」
エドワードがそういうのと、馬車が止まるのはほぼ同じだった。
手を引かれて降りた先にあったのは銀細工の工房。パサージュへ向かう際、馬車の中から見て気になっていた場所だわ。
次回、本日20時頃の更新となります
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