第13話 魔族令嬢は、王弟殿下の考えが知りたい
新しい帽子を手に、早鐘を討つ胸を鎮めようと必死になっていると、支払いを終えたエドワードが私を呼んだ。
「リリアナ、こちらを向いて」
いわれるまま顔を上げると、武骨な指が、顎下で帽子のリボンを結んでくれた。
「うん、可愛いよ」
「……ありがとうございます」
「さあ、もう少し見て回ろうか」
再び手を繋いで店を出て歩いていた時だ。
エドワードは雑貨屋の前で立ち止まり、ガラスの向こうを指差した。
「見てごらん。今日のリリアナみたいだ」
「私みたい?」
なんのことかと不思議に思って覗いてみると、そこには黄色い薔薇とヒマワリの造花で作られた髪飾りがあった。
「これも買っていこうか?」
「帽子で充分華やかです。そんなに花で頭を飾ったら、おめでたすぎます」
「そうなのか? 夜会に出てくる令嬢は、皆、もっと飾っているよ」
「首が疲れてしまうと思うのですが?」
「はははっ、確かに! リリアナは、慎ましやかだな」
「……こんなに華やかな帽子をかぶって、慎ましやかというのも変な話です」
そんなに次から次に装飾品を貰うわけにはいかない。いくら王弟だからといって、無駄遣いはよくないと思うのよ。でも、今日はお忍びだし、今、そんなことをいい出す訳にもいかない。
だから、なんとか言葉を選んでいらない意志を示そうとしてると、エドワードは苦笑を浮かべた。
「私の妻は、無欲だな」
「そんなことはありません。でも……たくさん貰いすぎたら、次の楽しみが減ってしまいますわ」
「次……そうか。そうだな! 次は、君に合う髪飾りを捜しに来よう」
次という言葉がよほど嬉しかったのかしら。エドワードは、子どものように破顔した。
パサージュを抜けると、私たちが乗ってきた馬車が停まっていた。
「リリアナ……もう一カ所、行きたいところがあるんだ」
「別のところですか?」
「そうだな。他の地区も見ながら、向かおうか」
エドワードにエスコートされながら馬車に乗ると、しばらくして馬車は静かに動き出した。
ガタガタと石畳を行く揺れが体に響く。少しだけよろめくと、エドワードの大きな手が肩に回された。しっかりと抱き寄せられ、ちょっと視線を上げると、端正な顔がそこにある。
「疲れただろう? 寄り掛かるといい」
「……これくらい、平気です」
「ははっ、私の妻は強情だな」
「フェルナンドの薔薇は強くあらねばなりません」
恥ずかしさを隠すようにいうと、エドワードは「時には添え木がいるだろう?」といい、さらに私を自身の側へと引き寄せた。
寄り添った胸元から、暖かい鼓動が聞こえてきた。トクトクと響く音は、少し早鐘を打っている。
「……エドワード様」
「なんだい?」
「この胸の音は、私のものでしょうか?」
「……さあ、どうだろうね」
手のぬくもりが心地いいと思うなんて、いつぶりだろう。母に手を引かれて歩いたのは、遠い昔。──ふと、夢の中で手を引いた人影を思う。
もしかしたら、あれはデイジーがいうように、エドワードと出逢う予兆だったのかもしれない。
しばらく馬車は進み、立派な屋敷が立て並ぶ区画にやって来た。その中に、小さなお城、いいえ、要塞を思わせるような塀で覆われた荘厳な建物があった。
「エドワード様、あの建物はなんでしょうか?」
「王立魔術学院だ。国内外から優秀な魔術師が集まり、研鑽する場だよ」
「魔術学院……魔術師が集まるということは、子どもの学び舎ではないのですか?」
「ああ。魔術師の資格を得た上で入学試験を受ける必要がある。ここは魔術の研究機関が主だ」
「研究機関ですか。デズモンドにも様々な養成機関がありますが、これほど大きな研究機関はありません」
そもそも、デズモンドは戦うための養成機関が主だ。魔術師もいるけど、そのほとんどが一子相伝の魔法を守っている。共に研究をするなど、聞いたことがない。
「古代魔法を活用することで、庶民も豊かになるからね。その研究が進められている」
「庶民も?」
「ああ。例えば、あの街灯」
エドワードが指さしたのは、通りに並ぶ支柱だ。その先端にはランタンが下がっている。あんなに高いところに、どうやって火を灯すのか気になっていたのだけど。
首を傾げると「夜になると魔法の光が灯るんだ」とエドワードがいった。
驚きに零れた「えっ!?」という声は思いの外大きく、彼の目が少し大きく見開かれた。
「あのランタンには魔法石が入っている。そこに、灯の魔法が組まれていて、陽が沈むと灯る仕組みだ」
「そんなことが……」
「家屋の灯りも全てそうだ」
そういえば、お城に来て初めて夜を迎えた日、急に城中が明るくなったことに驚いたのよね。どうやって、使用人たちは一度に火を灯したのかと思っていたら、そういうことだったのね。
「他にも、魔法が街を豊かにしているのですか?」
「ああ、いろいろあるよ」
「……デズモンドでは、戦うための魔法が重宝されます。魔法って、それだけじゃないんですね」
「戦いの最中は、仕方ない。今、アルヴェリオンが平和に研究を続けられるのも、魔物の脅威をデズモンドが食い止めてくれているからだ。どうにか、協力できたらいいのだが……」
エドワードの言葉に、衝撃を受けた。まさか、そんなことを考えていたなんて。
デズモンドには、多かれ少なかれ人族を恐れている者たちがいる。いつか、弱ったデズモンドに攻め入ってくるのではないか。そうなる前に、アルヴェリオンを陥落して人手と物資を手に入れた方がいいと考える過激派もいる。
「リリアナ?」
「エドワード様は、デズモンドが恐ろしいとお考えではないのですか?」
突然の質問に、エドワードは少し首を傾げる。優しい声音とは裏腹に、彼の瞳はとても冷静に見えた。
カフェで優しく私を見つめていた瞳とは違う。きっと、王弟として国同士の関わりを真剣に考えているのだろう。
次回、本日19時頃の更新となります
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