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第11話 魔族令嬢は、王弟殿下の過去を知る

 私の手を握りしめるエドワードを見上げると、若葉色の瞳が細められた。どこか寂しげなのは、亡くなったエリザ様を思い出されているからかしら。

 胸がチリチリと痛んだ。


「私とエリザは政略結婚だった。エリザは……国に愛する者がいた。どうにか、離縁してやりたかったのだが」

「……離縁?」

「私に、彼女を愛する余裕などなかったからね」


 そこにあるのは、後悔と苦しみの色。あまりにも辛い表情で、今にも涙をこぼすのではないかと思った。だけど、エドワードは私に微笑む。

 

 エドワードは、今でもエリザ様のことを思っているのかしら。どうして、そんなに辛い顔をされるの?──素直に聞けばよかったのかもしれない。


 でも、この時の私は、ただ黙ってエドワードの手を握り返すことしか出来なかった。


「私に力があれば、彼女を死なせることはなかっただろう」

「……エリザ様は、事故死だとお聞きしましたが」

「ああ……そうだった。《《そうなる前》》に、国へ帰してやりたかった」


 エドワードの打ち明ける過去への思いが、私の胸に重くのし掛かるようだ。

 なんて大きな愛だろうか。国にいる愛する人の元へ帰してあげたいだなんて。私は、そこまで思われる妃になれるのかしら。エリザ様に代わり、これからも強くあれるのか……


「……エリザ様を、愛されていたのですね?」


 声が震えた。

 指先に力が入ると、エドワードがそっと撫でてくれる。


「違うよ。愛していなかったから、彼女が哀れで仕方なかったんだ……」

「愛してなかった……どうして?」

「彼女は弱かった。悪魔の巣くう王城で生き抜くには、弱すぎた」

「……悪魔?」


 不穏な言葉に、背筋が震えた。

 エリザ様はアルヴェリオン王城でなにを思い、すごしていたのだろう。優しいエドワード様に悲しい顔をさせてまで、その悪魔から逃げ、国の想い人と添い遂げようと思ったのかしら。


 私なら、悪魔とでも戦う。こんな悲しい顔をさせたりしない。


 エドワードが私の頬をそっと撫でた。まるで、私の心を読んだように、悲しみを消して慈しむような表情に変わった。


「リリアナ、君は強い。私が二度目の結婚とわかりながら、アルヴェリオンへ来てくれた」

「それは、魔王様の命令で、私に断る権利はなく」

「だとしてもだ。私の元に来てくれた。私の目を見て話してくれる」

「……目、ですか?」

「ああ。エリザはいつも、遠くを見ていた。遠い国にいる恋人を思っていたのだろう。だけど、リリアナは私を見てくれた」


 視線が重なり、若葉色の瞳に優しい光が宿る。そうだわ。初めて会った時も、この瞳を美しいと思ったのよ。


「まるで星が瞬くような、美しいラピスラズリの瞳に、私は魅せられてしまったんだよ」


 魅せられたのは、私の方だわ。

 頬に触れるエドワードの温かい手へ、そっと指を重ねる。


「……フェルナンドの薔薇は、強く輝かなければなりません。私は、エドワード様の横で輝けるでしょうか?」

「ああ。その輝きを妨げる全てから、君を守ろう」


 私の手を取ったエドワードは、指先に唇を寄せた。

 頬が熱くなる。


「……お戯れを」

「ははっ、いつもの厳しいリリアナが戻ってきたな」


 重苦しかった空気を、エドワードの笑い声が吹き飛ばし、私もつられて笑顔を浮かべた。 


「お話の最中に失礼します。本日のチーズケーキとハーブティーでございます」

「えっ……これがケーキ?」


 その声に釣られ、テーブルに並べられたティーセットを見ると、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 真っ白なお皿の上には、色鮮やかなスミレの花で飾られた白いケーキがのっている。なんて可愛らしいのだろう。


「チーズと生乳で作ったクリームのケーキなんだ。ここでしか食べられないぞ」

「それも凄いですが、お花が飾られてます」


 スミレの花を食べるなんて聞いたことがない。驚いていると、ふわりと花の香りが広がった。横を見ると、ダリアさんがカップにハーブティーを注いでいた。


「……薔薇のような香りがします」

「奥様は、香りに敏感ですこと。今日のハーブティーには薔薇の花びらもたくさん入れさせていただきました」


 にこにこ微笑むダリアさんはポットをテーブルに戻すと、ごゆっくりといって下がった。


「このお花、食べられるのですか?」

「もちろんだ。ダリアが育てた花だ。食べてごらん、きっと気に入るよ」


 フォークにのせたチーズケーキが、私の口元に寄せられる。恐る恐る口を開けると、エドワードは優しく私の舌にそれをのせてくれた。


 優しい甘味と花の香りが口に広がっていく。


「……美味しいです」

「そうだろう?」

「アルヴェリオンには、私の知らないものばかりですね」

「気に入ってくれたかい?」


 カップを持ち上げたエドワード様が、優しく私を見つめる。


「はい、とても……また、連れてきてくださいますか?」

「ああ、また必ず。約束だ」


 悲しみの色がすっかり消えたエドワードの笑顔を見たとき、胸がきゅっと締め付けられた。ただそれは、悲しそうな表情を見たときとは違い、甘い痺れが広がっていくようだった。

次回、本日15時頃の更新となります


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