16私の大切な人(メルディ)
お嬢様にせっつかれて外に出た。
馬車は無事にルシア様を救出して走り始めた。
私はすぐに気持ちを切り替えて馬車の中ですぐにルシア様の容体を確かめる。
大体の毒に効くティートン家直伝の毒消しはティートン侯爵令息であるドノバン様のお墨付。
それをルシア様に飲ませティートン家に帰って来た。
すぐにルシア様を部屋に運んで医者を呼んだ。
グンネル様がお嬢様が残ったことを報告しに行った。
ルシア様はすでに馬車の中で毒消しを飲ませたのが効いたらしく顔色は良くなっていた。
診察した医者は「すでに毒はぬけているようです。ただ、眠気はもう少し残るでしょうがこのままで大丈夫でしょう」と言って帰って行った。
医者はティートン侯爵家の専属なので情報が洩れる心配はない。
ひと息ついたところにグンネルが帰って来た。
「旦那様は何と?」
「ああ、いい判断だとおっしゃった。アイスもいるし問題はないはずだ。エークランド辺境伯には知らせが行く」
「そう。良かった。だけど‥」
「メルディ疲れただろう?もう休め。後は俺が変わる」
「グンネル様こそ休んでください」
「俺は平気だ。いいから休め!お嬢様が気になるんだろう?」
「グンネル様こそ」
「ああ、お嬢は優しいからな。でも、俺はそんなお嬢をいつも支えるお前が好きだけどな」
グンネルに抱き寄せられてその胸に顔を埋める。
すぐに我慢できないとばかりに唇を塞がれ何度も口づけされる。
「ああ‥メルディ愛してる。俺との事考えてくれたか?」
もう何度も結婚を申し込まれている。
私だってグンネルが好きだ。
でも、結婚すればこの仕事から身を引く事になる。
この仕事では女は結婚すると引退する事になっている。危険だし妊娠する可能性もあるからだ。
何年かして子がある程度育てばまたそう危険でない任務に就くこともあるがすぐにではない。
だから私は返事が出来ずにいる。
だってアンドレアお嬢様は私にとってとっても大切な人だから。
*~*~*
私は初めてお嬢様に出会った日の事を思い出していた。
私は元ショーブレン男爵家の令嬢だった。
貧しい領地で北のエークランド辺境領に近い場所だった。
エークランド辺境伯とは遠い親戚になる。曾祖父が辺境伯の次男だったと聞いている。
男爵位を貰ったが領地は貧しく生活は楽ではなかったらしい。
曾祖父の兄弟が亡くなると援助もなくなり祖父はかなり厳しい生活を余儀なくされた。
そんな中で育った私の父は何とか男爵領を盛り返そうと事業を起こした。
だが、そんな父の気持ちに付け込んだのがロドミール前伯爵だった。
父は騙され借金の片に領地は奪われた。
そして父は母と私を道連れにして心中をはかり両親は亡くなり私は生き残った。残された私は借金のかたに商家に売られた。
その時10歳。商家は鍛冶屋で剣や農具、鍋なども扱っていた。
私は下働きで朝から晩までこき使われた。
14歳になると商家の息子に無理やり関係を求められ息子のウォルシュに怪我を負わせた。
私は5年の間に砥ぎの仕事を手伝うようになっていて小さなナイフをこっそり作って身に潜ませていた。
襲われた時、私はその小さなナイフで彼の顔を切りつけ身の奥底に潜んでいた魔力を覚醒させたらしい。
ウォルシュは血を流しながら眠りについて事件が発覚。
私は力があるかもとティートン侯爵家に連れて行かれた。
私はきっと物凄い罰を与えられると怯えていた。
だが、屋敷に行くとティートン侯爵と名乗った男性が可愛らしい女の子と一緒に部屋に入って来た。女の子は白い猫を抱いていた。
女の子は美しい銀色の髪を可愛らしいリボンで結んでこちらを見つめる深紅の瞳はフルフルと揺れていた。
「大丈夫か?ずいぶん恐い目にあったそうだな。ここに来ればもう安心だ」
ティートン侯爵が優しく声を掛けてくれた。
私はこくんと頷くのが精いっぱいで身体はまだ震えていた。
両親が生きていた頃は貧しくても虐げらりたりいたぶられたりすることはなかった。
でも、あれから置かれた環境はまるっきり変わった。
目が覚めれば大声で叱られ、仕事が遅いと殴られ、失敗すれば容赦のない鞭が待っていた。食事を抜かれることも度々でいつも怯え空腹だった。
女の子がふっと私に近づいた。
「手?痛い?」
女の子は猫を下に下ろすと躊躇なく私の手を握って仕事で傷だらけになったその手を優しく撫ぜた。
「私、アンドレア。あなたの名前は?」
「‥メ、ルディ‥です」
「年は?」
「14歳です」
私は栄養不足のせいか身体はやせ細っていた。
「お父様。メルディを私の侍女にして」
「アンドレア、そんな勝手は出来ないんだ。これからメルディには適正テストを受けてもらう。それによってここにいるか決める。決まれば学んでもらう事がある。14歳なら覚えることがたくさんあるからな」
「大丈夫よお父様。メルディは力を持ってるわ。そうでしょう?」
アンドレアと呼ばれた女の子がフフッと私に微笑むと猫に目を向けた。
私に力を見せてと言うように。
私は何だか安心して身の奥にあったを力をそばにいた猫に使った。
猫はあっという間にゴロンと横になり寝付いた。
「ほらね。勉強は私と一緒にすればいいわ。ねぇお父様メルディと一緒がいい。私と一緒に勉強すれば都合がいいわ」
「まあ、覚える事はお前と同じレベルだろうからな‥」
あっという間にアンドレアお嬢様は父親を言いくるめた。
アンドレアお嬢様の提案で私はお嬢様の侍女となり一緒に教育を受ける事になった。
もちろんお嬢様とは別に剣術や諜報員としての訓練もあったがお嬢様のそばにいる時間は誰より長かった。
お嬢様は女の姉妹がいないせいか私を姉のように慕ってくれた。
ティートン侯爵家の独特な環境のせいか、屋敷にはいつも諜報員の訓練生が一緒に暮らしていて食事や訓練を一緒にしているせいで、嫡男であるタクト様や次男のドノバン様でさえもみんなと分け隔てなくしゃべり行動を共にしていた。
何より私がすぐにこの生活に馴染めたのもアンドレアお嬢様のおかげだった。
彼女が率先して私を一緒に連れ回しみんなに溶け込むのを手助けしてくれた。
一度どうして私をそばにおいてくれたのか尋ねた。
お嬢様はテトラ(抱いていた猫)が威嚇しなかったからと言った。どうやらテトラは悪意を持っている人間には牙を出すらしい。
とは言っても猫なのでそこまで恐くはないが。
そんな環境の中私はやっと心の安住の地を得た気がした。
それから12年。私にとってアンドレアお嬢様は私の全てであり絶対に幸せになってほしい人になっていた。
ああ、飼い猫のテトラはお嬢様が学園を卒業するころ老衰で死んだしまったが。
そして私にはずっと心の奥に秘めていた想いがあった。
ロドミール伯爵に恨みを晴らす事。ロドミールは亡き両親の仇でもある。
そのチャンスが訪れた事をうれしく思った。
でも、最優先はお嬢様の事だ。これは変わることはない。
「グンネル様。今はお嬢様の事に集中したいの。私ももちろん考えてるわ。でも今は‥」
「ああ、わかってる。メルディーのそんなところが好きなんだ。じゃあ、もう休め」
「わかった。ありがとうグンネル」
私達はもう一度深く口づけをして私は部屋に戻った。




