暴走馬、再び
「いいかい?リリアヴェル。帝国ではいくつか戦場を抱えている。皇太子と言えど援軍に駆け付けることもあるだろう。皇帝になっても同じだ。その時、留守を預かるのは后となる君なんだよ?」
「戦……場…………」
呆然と口にして、リリアヴェルは泣きぬれた顔を上げる。
リンドワース王国はアキュラム帝国に護られるように外界から閉ざされているし、近くにある隣国は二つとも友好的だ。
戦争などせの字もないほどに。
けれど、帝国は領土が広く、戦いの歴史ゆえにあちこちで紛争が絶えない。
皇太子でも皇帝になってすら、味方の士気を上げる為に戦場に立つことがある。
前線に出ないとしても、危険は伴うのだ。
そして、留守を預かる妃は不在の王の代わりとして政務に明け暮れる。
遠く、離れた場所で。
「そ、……そんな……っメグレン様が危険に晒されてしまうなどあってはなりませんわ……幾ら武神のように雄々しくも美しく、強くあらせられるとはいえ……」
「惚気が入るんだな、そこ」
涙ながらにメグレンへの賛辞を忘れない妹に、思わずカインは感想を漏らした。
リリアヴェルはふるふると、小動物のように身体を震わせながら、自分を抱きしめている。
「離れ離れになるのも嫌ですが、永遠の別離など以ての外でございます……分かりましたわ、お兄様」
あ、これヤバいやつ。
カインは察した。
察してしまったのだ。
リリアヴェルが分かったという時は、とんでもない事を言い出す前触れだと。
「リリ、落ち着きなさい」
「わたくしが今すべきことは、数日の別れを悲しむ事ではないと、仰りたいのですね?」
「ああ、うん、それはそう」
それはそうなんだが、続きが気になる、とカインは頷いた。
王国の祝祭の準備だとか、結婚式の準備だとか、すべき事は山の様にある現状だ。
だが残念ながら、そんな事で暴走を止める妹ではない。
きりっとした顔でリリアヴェルが言ったのは。
「わたくしは、全ての帝国の戦を止めてみせますわ!!」
「そっちかぁ……」
何か違う方向にいくだろうな、とは思っていたけれど。
相変わらずの斜め上の良い飛びっぷりに、カインは眉根を下げた。
確かに戦を終わらせるのも、させないのも大事なことではある。
理由が、メグレンと一緒に居たい、というただそれだけの事だとしても。
「まあ、その前にやるべきことは他にもある。まずは顔を冷やすんだ、リリ」
「ま、まあ、そうですわね!はしたない所をお見せ致しまして」
とりあえず涙は止まったし、新たな餌に食いついた暴走馬リリアヴェルは生気を取り戻した。
カインがため息交じりに言えば、リリアヴェルも醜態を思い出したのか、今更ながら恥ずかしそうにしている。
見守っていた侍女達も、安心したように微笑みを浮かべて、いそいそとリリアヴェルの世話を焼き始めた。
猪突猛進な妹は、目標さえ与えれば突っ走る。
元気になったのは良いが、まずは結婚式と祝祭が先だと宥めるのに苦労しそうだ。
カインはため息を吐きながらも、漸く泣き止んだリリアヴェルの笑顔に安堵したのである。
妹の涙に弱い兄……がんばれ……




