妹よ、もっと大事な事があるだろう…?
「リリ、おはよ……」
う、と言い切る前に、書類の山が返事を返した。
「お早うございます!カインお兄様」
正確に言えば、堆く積み上げられた書類の山の向こうにいるリリアヴェルが、元気溌溂とした挨拶を発したのである。
本と書類に囲まれたリリアヴェルの傍らでは、公爵家の祐筆達が同じように書類を書いていた。
何ごとかと目を侍女達に向ければ、地図やら本を片付けている彼女達も困ったように微笑んで返す。
だよね?君達も疲れてるよね??
思わずカインは心の中で相槌を送ってしまった。
そして、疑問に思う。
帝国へ送る菓子の件は片付けた筈なのに、妹は何をやっているのだろうか?
本の表題に目を向ければ、地誌や風土に関してが多い。
地図も帝国と王国の地図が用意されていて。
その他にも王国の領地の報告書や、植物誌もある。
という事は、菓子屋の移転や出店に伴い、王国からの輸入だけでなく帝国を原産とした収穫物を増やそうという試みだろうとあたりをつけた。
確かに、それは皇太子妃として素晴らしい偉業となるだろう。
形となるのは何年か先だとしても、大国と強固に業務提携出来る機会は、どの領地にもそうそうない。
富国よりもお菓子が優先でやっているようにしかみえないし、実際そうなのだとしても。
「結婚式までに片付けたいのは分かるが、君だけじゃなく使用人も疲れている事を忘れてはいけないよ」
優しく窘めれば、リリアヴェルも顔を上げて、済まなそうに周囲を見回した。
「そう、でございますね。気が急いてしまっていました……午後はしっかり休養を取りたいと思います」
「レミシアも大分戦力になってきているし、此処にいる時くらい兄にも頼ってくれ」
「でも、お兄様、窶れてしまわれたのですもの……」
心配そうなリリアヴェルに、カインはふっと笑いを漏らした。
「何時もの事だよ。もうすぐ花嫁になって此処からいなくなってしまうと思うと、さみしいね」
「お兄様……そんな事を仰られたらわたくしも寂しい気持ちになります」
流石にペンを止めたリリアヴェルが、立ち上がってカインの胸に飛び込む。
こんな風にお兄様に甘えたのは何年振りかしら?
低く甘い笑い声をたてたカインは、リリアヴェルを優しく抱擁した。
「任せられる仕事は僕とレミシアが引き受けよう。王国の領地との連絡であれば、レミシアにも繋がりが必要だ。皇太子妃の要望で王太子妃から手紙が届くのだから二重に恩も売れるしね?ほら、これで君の仕事が半分になった」
「仰る通りです、お兄様。忙しいお義姉様に負担をかけまいとする事ばかり考えてしまっていました。配慮が足らずに申し訳ありません」
しゅん、と花が萎れるように落ち込むリリアヴェルの鼻を、カインは優しく指で突いた。
そこまで気に病む問題でもないし、リリアヴェルの負担を軽くしたいのが本音である。
「君にはもう少し楽しい仕事があるだろう?」
「……はい!メグレン様美術館の創設ですね!?」
言い返されたとんでもない言葉に、カインは眩暈がしそうだった。
いや、ほら、もっと他にあるじゃない。
花嫁に行くんだから、ドレスとか、装飾品とか……。
突っ込みたい気持ちは満載なのだが、ふんすとやる気を漲らせているリリアヴェルには何も言えない兄なのであった。
ももももちろん結婚式も大事なのですよ!多分、実感が湧かないだけで。
それはそれとして仕事癖が抜けない。使用人達は交代制の人もいるので、ご安心ください。




