お兄様、お疲れですね?
カインはげっそりとやつれていた。
手のかかる可愛い妹を帝国へと送り出したまでは良かったのだ。
心配ではあるものの、最強の剣士でもあるメグレン皇太子や帝国の精鋭達に護られての旅路は無事に終わるだろうし、帝国に着いてからは最強の後ろ盾でもある皇后陛下が庇護してくれるのだから。
義妹となったレミシアも優秀な家庭教師や、カインと母の教えに従ってメキメキと成長を続けている。
王宮の使用人達の心も掴み、リリアヴェルとは違った意味で掌握を始めていた。
ほっと一息ついて、のんびりと優雅に過ごせたのはたった数日だけである。
リリアヴェルからは結婚に際して、王都からいくつかの菓子店を帝都に移転するという話は聞いていた。
今回の婚約披露の夜宴にも、王都から運ばせた菓子を振る舞いたいという希望も叶えた。
だが、それが引き金となって、事業にまで発展すると誰が想像し得ただろうか。
帝都からの早馬による伝令で、リリアヴェルの王都菓子目録なるものが送られて来た。
一台しかないという帝都の印刷機の複製も解体して運び込まれて、職人達によって組み上げられるのを公爵以下家族全員が呆然と見守ったのである。
そこからあれよあれよという間に、王都にレミシアと学園に通う貴族令嬢によって、菓子目録が広まったのは想定内であった。
だが、もう一つ想定外だったのは、帝国からの注文が殺到した事である。
夜会で賞味した令嬢達による注文が押し寄せ始めて、リリアヴェルが提案していたギルドによる王都と帝都を結ぶ菓子の配送が事業として始まってしまった。
「これも皇太子妃として初の事業となるのだから、仕方あるまい」
「分かっております、父上」
公爵と次期公爵であるカインは、その事業をすぐにも進めなくてはならなかった。
急遽菓子ギルドと配送ギルドを作り、拠点を設置して従業員を募るのだが、募集をかける時間が足りない。
そこで名乗りを挙げたのは、リリアヴェルが学園で親しくしていた平民や低位貴族の子女達であった。
彼らは授業が終われば拠点に詰め掛けて働き、彼らが授業の間は家族や他の貴族家の従業員が穴埋めをする事で、喫緊の問題は解決したのである。
だが、同時に菓子店にも従業員不足が起こり、量産体制を作れるまでは個数を限定する事になった。
それも、希少価値を高める事になり、帝国では菓子目録に載っている菓子を手に入れてお茶会を開く事が一種の地位向上になってしまったのである。
ほくほく顔でリリアヴェルが実家の公爵家に戻った時には、やつれたカインの出来上がりである。
幸せいっぱいのリリアヴェルが、心配そうにそんな兄を見上げた。
「お兄様、少しお痩せになられました?」
「うん、まあ、誰のせいかは、分かるよね?」
カインは少し疲れた目を向けるが、ハッとして口に手をあてたリリアヴェルは首を傾げて問いかけた。
「またヨシュア殿下が何か……?」
「まあ、いつも通りだよ、彼は。僕を疲労させたのは、君の事業を進めていたからだよ、リリ」
そう言われればそうでした、みたいな顔になった妹を、カインはため息と共に見つめる。
幸せいっぱいのリリアヴェルを見れば、どうしても心は癒されてしまう。
ヨシュアに長年良い様に使われて来たリリアヴェルの方が、どれだけ辛い思いをしてきた事かと思えば更に。
「申し訳ありません、お兄様。ご負担おかけ致しました」
「いいよ、リリ。問題は人材不足だけれど、その内解消出来る。君も旅で疲れただろう?のんびり過ごすといい」
「はい、お兄様」
返事は良いのがリリアヴェルだ。
長年、休む事を許されず馬車馬のように働かされ続けて来たリリアヴェルは、働くのが癖になっていた。
のを疲れたカインは失念していたのである。
ワーカホリック暴走馬




