メグレン様しか勝たん!
「ふ、はは、まさか、こんなところで心を揺さぶられるとは」
感情の揺れで、魔女の魔法が解けてしまったのだろう。
笑いをかみ殺すように口元に拳を当てて笑っているのは。
「ヒューゲルト第二皇子、何故こんな所に?」
冷たい覇気を纏ったメグレンが凍てついた声で問いかければ、再びヒューゲルトは呵々と笑う。
「なに、私と同じく独身を貫くものかと思った貴殿が婚約したので祝いに駆け付けたのだ。花嫁探しを兼ねてな。……一歩遅かったようだが」
最後はリリアヴェルに視線を留めて、まるで獰猛な獣が舌なめずりをしながら獲物を狙うかのような目で凝視する。
普通の女性なら脅えかねない目を向けられて、リリアヴェルは大きな蜜色の瞳で猛々しいヒューゲルト皇子を見上げていた。
確かに、お顔も雰囲気も素晴らしいけれど、わたくしの崇め奉るメグレン様に勝とうなどとは思っておりませんわよね!?
メグレン様しか勝たん!という垂れ幕を背後に背負って、リリアヴェルは静かに立ち上がると、ゲルガン帝国流の優雅な挨拶を披露して見せた。
まるで横から婚約者を奪いかねない言葉を言われて、心が動くのでは?などと心配さえし始めた聴衆は耳を疑った。
「わたくしはメグレン皇太子殿下の伴侶となるべく、この世に生を受けましたリリアヴェル・リル・ハルヴィアと申します。今後、お目にかかる事もあろうかと存じますが、どうぞお見知りおきくださいませ!」
元気よく発せられた言葉は、強烈な惚気の言葉であった。
商売柄、物騒な言葉には慣れている大商人アイガーも、さすがのリリアヴェルの盛大な惚気には瞠目したのである。
しかも、にこにこと邪気無く微笑んでいるのだ、目の前の女性は。
先程の言葉も本当に帰路を心配して言葉をかけたようにしか、もう思えないほどに。
思わずと言うように、ヒューゲルトが感嘆のため息を漏らす。
「……ああ、すごいなメグレン皇子。どうやってここまで女性の心を掴めるんだ」
「それはリリアヴェルが私の運命だからだ」
そうとしか言いようがなかった。
横では嬉しそうにリリアヴェルが頬を染めてメグレンを見上げる。
「まあ、嬉しゅうございます!わたくし、今日も運命の敷石様に詣でなくては……!」
敷石???
声の聞こえた範囲に居た者達が首を傾げるが、メグレンは堂々と胸を張って説明をした。
「私とヴェリーの運命を強固に結び付けてくれた、記念の物だ」
「運命の神様なのです!」
ああ、駄目だこの二人。
割り込む隙がない。
殆どの人間がそう確信するほどの熱愛ぶりに、思わず両陛下は微笑ましさに目を和ませた。
だが、ヒューゲルトは愉しそうに笑う。
「神に逆らうのも悪くはないな」
「その辺で、殿下。お時間もございますれば」
流石に大商人であるアイガーは機を見るに敏である。
これ以上、婚約を祝われる立場の二人に他国の皇子がちょっかいをかけては、ゲルガン帝国の汚点となるだろうと思っての配慮だ。
言われたヒューゲルトも片眉を上げて、静かに後ろに下がって正式な礼をする。
「また是非、近い内に祝いを持って参上しよう」
「楽しみにしている」
挑戦的な眼に、受けて立つというように、メグレンも礼を返し、リリアヴェルもそれに続いた。
「式までには何とかメグレン様美術館を形に出来るよう精進致しますので、是非見にいらしてくださいませ」
油断していた二人は思わずリリアヴェルの爆弾発言に、姿勢を崩しかけた。
「メグレン美術館……?」
「聞かなかった事にしてくれ」
ヒューゲルトの間抜けな問いかけを、メグレンは一刀両断する事に成功したが、リリアヴェルはまだ何か言おうとしているので、さらに続けて言った。
「ヴェリー、その話は二人きりでゆっくりとしよう」
「ふ、二人きりで……はい、是非!」
何とか黙らせる事には成功した。
リリアヴェルは何よりメグレン本人と、そしてメグレンと一緒に過ごす時間が大好物なのだ。
大好物を目の前にぶら下げられれば、食いつくというものである。
とんだ暴走馬のリリアヴェルに、皇后は口元が緩みそうになり、皇帝は俯き加減に目を閉じていた。
まさか謁見で笑いの神が降臨するとは思わずに、必死で耐えていたのである。
魅力的なゲルガン帝国の皇子を前に、少しでも心が揺さぶられるのでは?と思っていた人々は改めて、リリアヴェルの愛を思い知り感嘆したのは言うまでもない。
帝国臣民は、皇后とは真逆とも言える未来の皇太子妃の破天荒ぶりに、度肝を抜かれたのであった。
本当はもう少しちゃんと淑女なんです、普段は……!
でもメグレン様を前にするとポンコツみが……!




