不審者と椿の花
煌びやかに飾られた謁見の間の前には、多くの人々が詰めかけていた。
中央に据えられた玉座には皇帝と皇后が座しているのだが、その手前にいつもと違い皇太子と皇太子の婚約者の席がある。
貴族以外の商人や、客人などが両陛下に挨拶した後で、皇太子にも寿ぎを紡ぎ贈物をする為だ。
いつも以上に警備は厳しく、いつも以上に華やかに飾られた謁見の間で、メグレンとリリアヴェルは仲睦まじく並んで座っている。
普通なら疲れが過る時間を過ぎても、リリアヴェルは穏やかな笑みを見せ、相手の国の言葉が話せれば直接、二言三言を返して客人を喜ばせていた。
目が合えば、メグレンにも何時もの可愛らしい微笑みも忘れない。
メグレンの方も片時も離すまいとするように、リリアヴェルの肘掛けに置かれた手の上に武骨な手を重ねていた。
誰からも二人の熱愛ぶりは明らかなくらいに、幸せな空気を纏っている。
そんな中、奇妙で雑多な一団が現れて、空気がぴりりと緊張に震えた。
この帝国と勢力を二分すると言われるゲルガン帝国の、大商人アイガーが登場したのだ。
奇妙な仮面をつけた色とりどりの服を着た旅芸人や曲芸師が、持ち技を披露しながら、商人の一団の後に続く。
新しい珍客に興味をそそられる者もいれば、眉を顰める者もいた。
ざわりと毛を逆立てる獣のように、騎士達はその集団に注視している。
「メグレン皇太子殿下のご婚約、誠に御目出度く存じます」
皇帝と皇后への挨拶の後で、大仰にメグレンに向けても挨拶をしたアイガーは幾つもの貢ぎ物を運ばせてくる。
受け取るのは側仕えの従僕達の仕事だが、貢ぎ物を運んできた男の中にふと、リリアヴェルは見知った顔を見たような気がした。
どこかでお会いしたかしら?
不思議に思って見つめていたが、王国での公式の場では会った事がないと断言できる。
学園でも、私的な場でも、思い当たらない。
だとすれば、帝国に来てから?
でも身近に仕えて下さる方以外で顔を合わせた事は…
と記憶を探れば、一人だけ不審な人物として脳裏に浮かんだのである。
庭師。
弱弱しい微笑みを浮かべていた青年で、纏っている雰囲気も色彩もまるで違うのに、何故かそうだと思った。
だが、断言は出来ない。
今、不用意な一言を言えば、両国の問題に発展しかねないからだ。
それでも、メグレン様にはそれとなく伝えなくてはならないわ。
リリアヴェルはゲルガン帝国語で流暢に語りかけた。
「皆様、今、椿の花が見頃なのをご存知でして?貴国では縁起の悪い花とされているようですので、どうか、帰路にはお気をつけて」
リリアヴェルの意図に気づいたのか、僅かにぴくりとメグレンの指が動き、リリアヴェルは穏やかな微笑みの下で安堵した。
春の妖精の如く暖かな微笑みで伝えられた言葉は、普通に聞けば帰路を気遣った言葉である。
だが、死刑宣告のような毒を孕んだ言葉とも取れなくもない。
大商人アイガーは目を細めてニヤリと笑い、謎の青年は呵々と笑い出した。
その途端、はらりとヴェールが剥がれ落ちるように、謎の青年の本来の色彩が現れる。
魔女が使う様な目くらましの術だ。
黒みを帯びた金の髪に、炎のような赤々とした瞳、ゲルガン帝国の王族の色彩だった。
食欲戻ってきました!色々なレシピを短編コメントで頂いて、感謝の舞を捧げるひよこ。




