妥協も大事だと知った(皇帝夫妻と皇太子)
「……という訳で、嫌がらせをしようとしていた令嬢達もおりましたが、何も問題は起きず。リリアヴェル様の休憩室では、王国のお菓子食べ放題会場となられました」
侍女の一人から報告を受けて、皇后は満足げに微笑み、皇太子ははぁぁと長いため息を漏らした。
「やはり……本気なのか……美術館……」
「折角の資産を無駄遣いさせる必要は無い。その件についてはわたくしが説得しましょう。規模は押さえられるとは思うが、王城内に展示室を設ける事で手を打って貰いましょう」
「それもそれで嫌ですが……」
誰が自分の城に、自分の肖像画を並べた展示室を持ちたいだろうか。
何れ城を引き継ぐのはメグレンなのである。
「ほう。我儘を言うのなら、メグレンには泣き落としが有効であるとリリアヴェルに伝えるが?」
「止めてください。分かりました。妥協します」
何に対しても冷静だった息子の慌てふためくさま、照れる姿など一年前は想像すらしていなかった。
皇后はその変化に唇で弧を描く。
しかも、リリアヴェルは賢いだけでなく、無垢さを失わないまま、力づくではない方法で人心を掌握していくのだ。
気難しい皇妹オーギュスティーヌの心を溶かし、皇后さえも寵愛を与えている。
「ふふ。メグレン美術館など、……男冥利に尽きるではないか」
「……否定はしません。ヴェリーのいない人生など、最早考えられないくらいに、私も大事に思っていますから」
別に、そこまで熱烈な愛情を受けたいと思っていた訳ではない。
為政者として、共に並び立つ者として優秀であり、部下や民を愛する気持ちがあれば、最上。
そう思っていた。
それなりの美しさにそれなりの知性と常識があれば良かったのだ。
だが、リリアヴェルはそのどれもが抜きんでている。
それだけではなく、彼女は真っすぐに愛情を求め、与えてくれるのだ。
贈物や言葉ではなく。
メグレンを目にした時に、ふわりと微笑むあの笑顔が、何よりも愛しく恋しい。
柔らかく蕩ける笑顔と、細められる瞳が、愛をこれほどまでに雄弁に伝えてくるなど、今までに経験は無かった。
メグレンを取り巻いてきた女性達には、打算や欲、など純粋な愛と言い難い感情は向けられてきたのだが。
当然ながら、友情どまりの者もいたし、特に興味を示さない者もいた。
けれど、気づけばその打算のない愛に搦めとられていて、出会ったその日にメグレンも絶対にリリアヴェルを手放さないと誓ったのである。
本当なら、リリアヴェルが心配過ぎてくだらぬ女同士の戦いにさえ巻き込ませたくなかった。
だが、皇后に留められて、仕方なく待機していたのである。
結果は……予想外ではあるが、皇太子と皇后の権力を使うまでもなく収拾したのである。
「だからもう、試すような事は許しませんよ」
「おお怖い」
メグレンの目に剣呑とした光が宿り、皇后は扇の下で微かに笑った。
為政者の妃が務まるかなんてどうでもいいと思えるくらいには狂わされてしまっている。
しかし、リリアヴェルは誰よりも優秀に勤められる女性でもあった。
「まあ、良いでしょう。其方が守らなくても、あの娘は立派に切り抜けるとわたくしは思うが、守りたいのならそれも許しましょう。さあ、そろそろ時間です。迎えに行きなさい」
皇后の言葉が言い終わらぬ内に、メグレンは立ち上がって王族専用の控室から出て行く。
「気持ちは分かるが、相手が悪婦でなかったのが幸いだ」
皇帝の呟きに、皇后は不遜な笑みを浮かべる。
「あの息子が悪婦になど心を揺さぶられる訳がないでしょう。わたくし達の息子ですよ」
「私と似ているから、どうかな?」
「ま、嫌な御方。それではまるでわたくしが悪女みたいではありませぬか」
軽やかな笑い声が響き、皇帝の差し出した腕に皇后も手を添えた。
「参りましょうぞ、悪女殿」
「ええ。どんな悪い事をしようかしら?楽しみですこと」
皇后はきちんとリリアヴェル用の餌を用意しました。




