お兄様、無念でございます……!
夜会が始まる直前に、メグレンは皇女宮での報告を受けて、自ら調査に当たった。
アニエスに命じられて、護衛騎士達は普段の三倍の数を用意したので、物理的な死角は無い。
執事長も庭師を集めて管理者に話を聞こうとしたのだが、管理者は近頃休みを取っているという。
それに、アニエスから与えられた外見の情報と一致する庭師もいなかった。
暗殺者ではないかもしれないが、密偵の可能性は高い。
「こんな大事な時に面倒な……!」
「落ち着きなさい、メグレン。警備は増やしたし、不埒者も何もせずに去った。けれど、王国に戻ったとしてもリリアヴェルの警護は緩めてはならぬぞ」
落ち着きなさいと言いつつ、皇后の方が怒りのオーラを放っていて。
メグレンはそれを目にして、漸く落ち着きを取り戻した。
「ええ、分かっております、母上。護衛の侍女も増やしましょう」
「そうしましょう。そろそろリリアヴェルを迎えに行っておあげなさい。きっとあの娘は首を長くしておるぞ」
やっと目を和らげた皇后に頭を下げ、颯爽とメグレンはリリアヴェルの部屋へと向かった。
「メグレン様……っ」
花が綻ぶかのように微笑む姿は愛らしく。
だが、今宵はメグレンの色のドレスを纏っていて、その可愛らしさに艶やかさまでもが増している。
淡い青から深い青に変わる布地には、キラキラと小さなビジューが縫い付けてあって星空を纏っているかのようだ。
黒い薔薇を模した飾りに、黒いリボンとレースがあしらわれて、可憐さと妖艶さという真逆の要素が何とも言えない魅力を醸していた。
「ああ、まるで女神のように美しいよ、ヴェリー」
「そんな……メグレン様に気に入って頂けましたのなら、わたくしはとても嬉しゅうございます」
今すぐにでも抱きしめて、寝台に運んで……などと不埒な思いも過る位にはメグレンも余裕がない。
勿論そんな事は出来る訳もなく、甘い微笑みに隠して、手を差し出す。
「さあ、行こう、愛しいヴェリー。今宵は臣民に君を見せびらかす時だ」
「はい、メグレン様。皆様にメグレン様の隣に相応しいと思って頂けるよう、努めますわ」
黒いレースで覆われた白い肌も艶めかしい小さな手を、武骨なメグレンの手が受け止める。
それだけで、幸せそうに微笑むリリアヴェルは、メグレンにとって何より得難い宝なのだ。
彼女を決して傷つけさせてなるものか、と心に誓う。
その様な者は何人たりとも許さない。
そんな事を考える雄々しいメグレンの姿は、リリアヴェルの心を蕩かしたのである。
もうすぐ夜会で公式の場だというのに、脳内はお祭り騒ぎであった。
軍装のような帝国の正装はメグレンの凛々しさを引き立てていて。
もんのすごぉおぉくかっこいいですわ!!!!
リリアヴェルが画家なら、瞬時に100枚は描いていた。
物理的に無理だとか、そういう話はどうでもいいくらいに情熱が迸る。
だが、残念ながらリリアヴェル画伯に、そこまでの才能は開花しなかったのだ。
無念……!
無念ですわー!!!
今目の前にいる、至高の存在の一秒一秒を描き止めたいのに、才能がそれを阻むのである。
お披露目の為の強行軍だったため、画家を同伴する事は出来なかった。
旅の行程もそうだが、うっかり誰かに情報を漏らされても困るからである。
また、幾つかある王都から帝都への道筋を知られるのも不味い。
一番大きな街道だけを使うのなら問題はないのだが、秘密裏に移動する場合の抜け道もあるのだ。
皇族となるリリアヴェルや、そのリリアヴェルに仕える侍女達は問題ないが、流石に外部の人間には教えられない。
そんな深刻な状況とは程遠く、リリアヴェルの脳内ではドンドコドンドコとお祭りが続いていた。
才能が欲しかったリリアヴェル画伯……画伯……!




