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星空の下で

「それにしても、こんな夜に出くわすなんて、奇遇ですね」


 恵が微笑んで言う。

 絵に描いたような可愛らしい笑顔だった。


「そうだな。恵さんとは偶然ばかりだ」


 そう言って僕は苦笑する。

 朝の遭遇、ホームルームでの遭遇、部活での遭遇、そして今。

 恵とは偶然ばかりだ。


「今日は良い星空ですね。こっちはいいな。星がよく見える」


「都会に住んでたの?」


「ええ、まあ、そこそこに。県庁所在地でしたからね」


「そっか。じゃあここの星空は珍しく映るかも」


「引っ越して正解でした」


 恵は嬉しそうに言う。


「普通の子供になれたみたいで」


「普通?」


「授業は受けてて楽しいし、色んな人に歓迎してもらったし、それに友達もできたし」


「そっか」


 僕は疑念を抱く。

 転校してきたなら授業は前の学校でも受けていたはずだ。


「友達、できたんだね。おめでとう」


 恵は少し驚いたような表情になった。


「私達、友達ですよね? 部活も一緒だし、帰り道も途中まで一緒だし」


「ああ、そうだね」


 危ないところだった。

 恵を傷つけるところだった。

 僕の中では、恵はまだまだよく知らない存在だ。

 友達かと聞かれたら、多分そうだと答えるとは思うのだが。


「前の学校ではどんなことしてたの?」


「この学校ほどMTに自由がなかったので、部活動は活発ではなかったですね」


「そっか。こっちは自由奔放だし吃驚しただろ」


「校風なんですかねえ」


「そうだろうなあ」


 恵は星空を見上げる。


「このまま年を取って、部活で色々な実績を上げて、三年間を貴方達と一緒に暮らせたらどんなにいいでしょう」


「また引っ越す予定でもあるの?」


 まるで、それは不可能なことだと言っているかのようで、僕は不安になる。


「私、両親いないんですよ。親戚の方針が全てです」


 僕は息を呑んだ。

 ならば、彼女の普通の生徒になれたのが嬉しいという言葉が重みを持って感じられる。


「ま、お菓子でも食べましょう」


 そう言って、彼女は片手に持った袋を持ち上げる。

 僕らはベンチに座って、たけのこの里を食べ始めた。


「夜空の下でおやつってのもおつなもんだな」


「ですね。美味しいです。そろそろちょっと肌寒いけど。コトブキ君はどうしてここへ?」


「師匠と訓練してた場所なんだ。また話してみたくて来たけど、やっぱりいなかった」


「ここで特訓してたんですか。確かにスペースはあるし、坂道はあるし、訓練には丁度いいですね」


「まあ、ほんの一ヶ月程度の付き合いだったんだけどね」


「私にも、運命の出会いはあります」


 恵は、苦笑交じりに言う。


「そのおかげで、親戚の傀儡から普通の子供になることができた。その人には感謝してもしきれない」


「一緒だな。僕も師匠のおかげで学校で認められるようになった。師匠への感謝は言葉では言い表せない」


「私達、似た者同士ですね」


「そう……かもな」


 自分のような脇役と、普段は陽気なオーラを振りまいている恵では天と地の差があるとは思うのだが。

 歩んだ道は不思議なほどに似通っている。


「私、ね。普通の三年生になって、普通に就職したいんです。コトブキ君は協力してくれますか?」


「いいよ。僕にできることならなんでも」


「なら、今度の学校祭、一緒に回りましょうよ」


「それは……先約があるからなあ」


「優子さんですね」


 恵は苦笑交じりに言う。


「そゆこと、話が早くて助かる」


「あの人、私がコトブキ君を取らないかって不安で仕方がないみたい。仲良くなりたいのにな」


「そうかな。優子は僕なんか意識してないと思うよ」


「してますよ。そうじゃなきゃ一緒に回る約束なんてしないでしょ」


「それは、幼馴染だから……」


「自信がないんですね」


 恵の言葉は、僕の舌を縫い付けた。

 言われてみればそうだ。僕は自分に自信がない。今の人気も、実力も、カードのおかげだと思っている節がある。

 師匠はユニコーンのカードを使いこなせる反射神経は異常だと言ってくれているのに。


「コトブキ君はもっと自信を持っていい。楽になりますよ」


「楽になるか。いいなあ」


「何事も自信です」


 根拠のない自信。

 僕が見てきた所謂陽キャは皆それを持っていた。

 僕の中にもそれは生まれつつある。


 琴谷一馬という人間は生まれ変わる過程にいるとも言えるのかもしれない。


 たけのこの里が、底を尽きた。


「話せて良かったです」


 そう言って、恵は立ち上がる。


「学校祭、一緒に回れないのは残念だけど」


 何を思って彼女はそんな提案をしたのだろう。僕にはわからない。

 ただ、帰ったら一人きりの彼女を思って、寂しくはないだろうかと思った。

 けど、聞けば彼女の矜持を傷つけるだろう。そう思って我慢した。


「優しいんですね」


 恵は微笑んで言う。


「普通なら、一人で寂しくないかとか、ズケズケと聞いてきそうなものですが」


「そう思ったけど、迂闊な言葉は人を傷つけるからね」


 それを僕は、身を持って知っている。

 クラスメイトの心無い言葉。徹の本音。色々な言葉はズケズケと僕の中に踏み入って荒らしていった。


「そういうコトブキ君、好きですよ。それじゃあ」


 そう言って、彼女は菓子袋を持って去っていった。


「好きですよ、か」


 深い意味はないのだろう。

 だけど、言われて悪い気はしなかった。


 気がつくと、師匠がいないとわかった時に感じた寂しさは薄れていた。

 三笠恵。彼女は間違いなく友達だと、そう思えた。


 明日からの彼女との日情が楽しみだ。

 今度は重い話ではなく、フランクに話せればと思う。


 学校祭まであと少し。

 あと何本か動画を撮らなければならない。

 目の前の祭りに目を向けて、僕は腹にも胸にも充実感を持って坂を降りていった。


(また会おうって約束ですよね、師匠)


 心の中で呟くが、返事はやはりなかった。


続く

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