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予想外の劣勢

 結局、期日までに生徒会長選挙に立候補したのは僕と使だけだった。

 後は一週間のアピールタイムだ。

 特に水曜日の公約発表までは有効な公約を考えなくてはならない。


 と言ってもこちらは学校祭、学内対抗戦で実績を積んできた身。

 転校生の使にはリードしている、はずだった。


「案外接戦、いや、やや不利かも……」


 放課後の二年の教室でそう言ったのは、友人達の調査結果をまとめた純子だった。

 流石に一年の、それも転校生に負けるとは思っていなかった僕は情けない顔になった。


「どういうことだよ。学校祭でも学内対抗戦でも僕は一応歓声を浴びてきたんだけど」


 純子は申し訳なそうな表情になる。


「それがマイナスに働いてるんです」


「と言うと?」


「考えてみてもください。この学校の四分三は男子生徒。その中の馬鹿にならない数が危機感を抱いているのです。これ以上琴谷先輩に人気が集まったら困ると」


「……わからないな」


 僕に人気が集まろうとどうなろうと彼等には関係ないはずだ。


「わかりませんか。意中の女子が琴谷先輩に夢中。そんな事態は避けたいと思っているのです。ただでさえ女子が少ないですからね」


 僕は頭を抱えた。


「なるほど。そんなシチュエーション予想外過ぎて想像したこともなかった」


「全校生徒の四分の一の女子票を全て取れたとしても残りを取られたら負けです」


「うーん……」


「第二に、天野の容姿」


「容姿?」


「カリスマ性がある美少女です」


「ああ……」


 後は、言われなくてもわかった。


「学内対抗戦の覇者に挑む美少女。胆力もあると人気が急上昇中です。一年を中心に天野使ファンクラブなんてものもできている始末。昼食時は天野と食事を一緒しようと男子が集まっています」


「なんつーか……」


 僕は溜め息を吐いた。


「男って悲しい生き物だな」


「否定はしませんね」


 純子は、やはり申し訳なさげにそう言うのだった。


「この状況を打破するためには、やはり明後日の水曜日までに男子生徒にも響く公約を考えつくしかないですね」


「男子にも通じる公約かぁ」


 当たり障りのない無難な公約を考えつけば良いと思っていた僕は、思わぬハードルの上がりように頭を痛めた。

 黙って話を聞いていた優子が口を開いた。


「この歳の男子って言えば食べ盛りよね」


「お、優子、鋭い」


 僕は感心した。確かに、男を振り向かせたければ胃袋を掴めという言葉もある。


「けど学食の値引きってのも現実的ではないし……困ったねえ」


 優子は腕を組んで考え込む。


「今でも十分安いみたいですしね。これ以上は赤字です」


 とは恵。


「うーん。困ったな」


 また行き止まりだ。


「ともかく、公約です。琴谷先輩にはクリティカルな公約を思いついてもらって、それで劣勢を挽回してもらうしか手はありません」


「しかし、危険視されてる上に相手の容姿にファンがついてるんだろ? もう駄目じゃね?」


「諦めないでくださいよ」


「そうよ」


 純子も優子も呆れたように言う。


「自分に自信がないのはコトブキ君らしいと言えばらしいかもしれませんけどね。今回ばかりはそれを乗り越えてもらわないと」


 確かに、言われる通りだ。

 自信がないからと投げ出していては成長は見込めない。


「うーん」


 僕は背もたれに体重を預けて、考えこんだ。

 年頃の男子。

 その心を掴む公約。

 考えつかない。


 前にも考えたことがあるが、僕は評価されているとは言えど基本的に陰キャだ。

 人に好かれる方法を考えつくような人間とは程遠い人間性をしている。

 それをひっくり返すような妙案がいきなり出てくるわけがない。


 しかし、このままでは僕は使に負けてしまう。

 まさか、生徒会長選挙がこんな険しい道になろうとは。


「そもそも、専門学校の生徒会長ってどれぐらいの権限が使えるんだろう。中学高校と基本的に生徒会の運営権限を持つのは教師で生徒は飾りみたいなもんだったけど」


「現生徒会長に聞いてみたら?」


 優子の率直な一言に、僕は表情を曇らせた。


「徹と優子を実質的に引き抜いたのと勝手に辞めたのでちょっとそれは……」


「そんなこと言ってる場合じゃないじゃないの」


「そうだけどさ」


 少々勇気がいる案だった。

 その時、教室にノックの音が響いた。

 扉が開く。


 そこにいたのは、雪のように白い肌と色の抜け落ちたような赤い髪をした少女。

 絶世の美少女だ。


「あんた……!」


 純子が表情をしかめる。


「こんにちは。コトブキ先輩、お話をしに来ました」


 そう言って、美少女は不敵に微笑んだ。


「天野、使!」


 純子の言葉に、僕は目を丸くした。

 優勢なライバルが今更なんの話を?

 僕は戸惑うしかなかった。


 使は不敵に微笑んで僕を見ていた。まるで、見通すような目で。



続く



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