Mission5.捜索しよう_04
船着き場からほど近い郵便局に馬を係留し、私、マチルダ、そして黒獅子卿の3人でゆっくり管理室へ向かいます。
近づくにつれ、男女の話し声が聞こえてきました。
「ねぇ! その秘密のパーティーにはどんな方がいらっしゃるのっ?」
「またその話ですか? はぁ……。どうぞ、それはご自分の目でお確かめを。うまく立ち回れば、妹御のような良縁にも恵まれるかもしれませんよ」
「レイラったら本当にひどいと思わない? そーんな素敵な出会いの場があるのに黙ってるなんて!」
一体なんの話をしているのかしら。マチルダと顔を見合わせますが、彼女もわからないみたい。
黒獅子卿が右手をあげ、私とマチルダをその場に留めます。そしてひとり管理室の方へ。音もなく忍び寄る姿はまさに捕食者のそれでした。
「では行きましょうか」
「ねー、馬車はどこに止めたの? 夜でも馬は走れる? あ、もしかして船で移動するつもりじゃないでしょうね。アタシ船嫌いなのよね」
「シェラルドを出るまでだけですよ。さぁ乗って」
物音とともに、開いたままの扉の陰からふたりの男女が姿を現しました。水色のデイドレスを着たお姉様と、領民とはまるで違う、貴族または大店の子息然とした服装の男性です。
黒獅子卿がふたりの背後へ立ちました。
「どこへ行くつもりだ?」
「フェッ、フェリクス様! 迎えに来てくださったのっ?」
振り返ったお姉様が歓喜の声をあげました。が、彼女と一緒にいた男性は舌打ちしてお姉様の腕を引っ張ります。
「早く乗れ!」
「きゃっ! 痛いじゃないの!」
引き倒されるようにして、お姉様がボートへと転がりました。続いて男性もボートへ乗り込みます。これはとてもじゃないですが穏やかな雰囲気だとは言えません。
係柱に繋がれたロープに手をかけた男性へ、黒獅子卿が手を伸ばしました。
ハッとして私はボートの前方に視線をさまよわせました。運河を走るボートは普通、馬が引っ張るものですから。
建物の陰になっていてわかりづらいですが、確かに川の対岸を走る曳舟道に馬と人の気配がありました。
「待て、その人を連れて行かれては困る」
「フェリクス様ぁ……!」
黒獅子卿が男性の腕をねじり上げながら、ボートから降ろそうとしています。一方、曳舟道の暗がりがチカっと光りました。目を凝らして見れば、それはなんとピストル。黒獅子卿を狙っているように見えます。
「たっ、たたたた大変! マチルダ、向こうへ行ける? ぴ、ピストルが」
まさかここまで悪い人たちだったなんて!
マチルダは私たちの周囲をぐるっと見回してから、強く頷いて走り出しました。
とは言っても彼女が橋を渡って向こう側へ行くのと、ピストルの弾の速さとでは比べるべくもありません。
私もまた川へ近づくように走りつつ腰のホルダーを開け、ダガーを取り出しました。川幅は狭いものの、相手に気取られない程の距離を保つ必要がありますから、高度なコントロールが求められます。
体の向きは目標に対して垂直方向。腕を横へ真っ直ぐ伸ばし、肘を直角に。ゆっくり引いて……あとは振り下ろすだけ。
重要なのはリリースポイントです。無駄な力を入れず不安も邪念も払って、ただ冷静に。相手は暗がりにいて見えづらいのだし、当たらなくてもいい。ただ相手の意識をダガーに向けて、マチルダが到着するまでの時間を稼げればいいのです。
「くそ! 邪魔するなら死ね!」
管理室を挟むため目視はできませんが、黒獅子卿やお姉様のいる方向から金属音が響きました。戦闘行為が始まったに違いありません。つい指先に力が入ってしまったのを自覚して、深呼吸をします。
振り下ろす……だけ!
以前お祭りで投げたダーツは、軽いうえに慣れないせいで高い放物線を描きました。けれど重く手慣れたナイフは低く緩やかな放物線と、より速いスピードで飛んでいきます。
「ぎゃっ」
川向こうの男が悲鳴をあげ、同時に硬いものが落ちるような鈍い音がしました。暗がりから月明かりの下へと滑り出たのはピストルです。どうやら、私の投げたダガーは相手の体のどこかへヒットしたようですね。
その直後、到着したマチルダが男を殴りつけました。彼女の身のこなしは、確かにただの侍女とは思えません。
「そんなに欲しけりゃくれてやる、よ!」
「きゃーっ」
破れかぶれな男性の声と、お姉様の叫び声。一体何が起こっているのかしらと、元の場所へ戻ろうとした矢先に管理室の陰から男性が飛び出して来ました。
彼は私と目が合うなりニヤリと笑い、逃れる間もなく私の身体を拘束します。あまりの速さに理解が追いつかず、すぐには声も出せません。
「怖いわ! 行かないで、フェリクス様ぁ!」
管理室の向こう側では、怯えたお姉様の声が。
「離してっ! 離しなさい!」
管理室のこちら側では、抵抗虚しく引きずられる私。……が、黒獅子卿はお姉様をその場に残し、すぐに駆けつけてくださいました。
「止まれ」
静かな、しかし鳩尾を刺されるような重く鋭い声です。男性はピタリと立ち止まって、私の体ごと乱暴に振り返りました。そして私の首筋には冷たい感触が。
「動けばこの女の命はない。わかるな? そこで黙って立ってろ、俺がいなくなるまでな」
「それは失策だ、お前ごときが触れていい相手じゃない。……レイラさん、少し目をつぶって」
それは本当に一瞬のことでした。目を閉じるや否や、私の体は男性の腕から引き剥がされ、黒獅子卿の腕に包まれたのです。
一体何をしたのか、男性の体がその場にドサリと倒れるのが音と気配でわかりました。
「なんで! なんでみんなレイラばっかり!」
そうお姉様が喚いたとき、耳をつんざくような銃声が辺りに木霊したのでした。




