Mission5.捜索しよう_03
エントランスへ降りてみると、捜索隊の方とお父様が難しい顔で話をしていました。お母様とメイドのニアムはその傍で泣きそうな表情を浮かべています。
聞こえてくる言葉から、お姉様がまだ見つかっていないことがわかりました。
ちょうどマチルダも外の見回りから戻りましたが、屋敷の周辺にはいなかったとのこと。
「お父様、私、ちょっと心当たりがあるので探しに行って参ります」
「いけません、奥様!」
夜ですからね、マチルダが心配するのは無理もありません。
目を吊り上げて制止しようとするマチルダに、声をひそめて説明しました。
「心配してくれてありがとう。でもね……お姉様を見かけたという情報があったのよ。ただそれは私たち姉妹の秘密の場所なの」
イタズラを叱られたときにふたりで隠れた場所です。悩み事や嬉しいことがあったときにもそこで共有したものですが、長じるにつれ自然と足が遠のいていました。
オーブリーのもたらした「怪しい男」の存在が気にかかりつつも、お姉様は今でも、叱られたらそこに隠れるのかしらという郷愁がよぎります。
マチルダは何も言わず目を伏せましたが、お父様は難しいお顔。
「捜索隊を行かせるから、お前は家にいなさい」
「いいえ……確認したらすぐに知らせますから」
捜索隊だなんてもってのほかです。婚約者のある身でありながら、異性といるところを見られでもしたら!
お父様が何か言う前に、私はマチルダへ向き直りました。
「行きましょう。供を」
「……かしこまりました」
目を伏せたまま静かに頷くマチルダの後ろから、ローガンが顔を出しました。
「レイラ。今夜は月も明るいし馬のほうが早ぇだろ、乗せてってやるよ。侍女さんはひとりで馬乗れる?」
「それなら俺が足になろう。君は不測の事態に彼女を守れないだろう?」
マチルダが返事をするよりも前に、黒獅子卿が一歩前へと踏み出しました。
ええと、マチルダがいれば恐らく問題はないと思うのですが……。何と言っても、フィンリー様はマチルダを護衛として信頼できる、として私の供につけてくださいましたからね。
しかしマチルダは仮面のように表情を変えないまま、唇を引き結んでいます。
「そっ、そりゃそうッスけど」
「では決まりだな。準備してくる、馬を用意しておいてくれ」
言うが早いか黒獅子卿が一足飛びで階段を駆け上がり、一瞬だけ遅れてローガンも弾かれたように外へと走り出しました。
背後からお父様が私の名を呼びます。
「レイラ」
「もし捜索範囲を広げるなら、山の方をお任せしてもいいですか」
お父様と強く視線がぶつかりましたが、にらみ合いはそう長くは続きません。戻っていらした黒獅子卿に連れられて屋敷の外へ。
厩舎へと向かう道中で、黒獅子卿が私に茶色い革製品を差し出しました。受け取ってみれば、思った以上の重みがあります。
「これは……ナイフですか」
「護身用に、一応持っておけ」
茶色のベルトに同じく茶色のホルダーがぶら下がっています。バックルを外して中を検めると、そこには立派なダガーが。
グリップを握ったり重心を確認したりと、一通りくるくるいじったところで黒獅子卿に取り上げられました。
彼は慣れた手つきでホルダーに戻し、私の腰にベルトを巻き付けます。
「これを使わずに済むことを願ってるがな」
「私もです」
頷き合う私たちの元へ、ローガンが馬を連れてやって来ました。黒獅子卿へ手綱を差し出しながら、小さな声で私の名を呼びます。
「やっぱ……場所だけ伝えてさ、おまえは残ってればいいんじゃねぇのかな。わざわざ外に出なくても」
「まぁ! お客様に姉を任せて自分はお茶でも飲んでろって言うの? 理解できない考えだわ」
「そっ、そういうの、貴族の義務って言うんだろ」
「私も貴族よ」
言い放った私の身体がふわりと浮いて、馬の背へ乗せられました。すぐに黒獅子卿も私の背後へ身を躍らせます。
「そんなんじゃなかったじゃん、おまえ!」
ローガンの言葉が終わらないうちに、黒獅子卿が馬の腹を蹴って走り出しました。いつの間に厩舎へ向かったのか、馬を繰って追いかけてくるマチルダの姿が視界の隅に映ります。
私たちはあっという間に門を出て、屋敷の前の道を東へと手で指し示して向かってもらいました。
「そんなんじゃなかったのか?」
黒獅子卿が風に負けない声で問いました。私は背後へ顔を向けて、同じく声を張ります。
「あー。子供のころ、ローガンと結婚する話がありました。貴族や商家に嫁ぐための持参金はないし。お姉様のために来ていただいた家庭教師から基礎的な……ふふ、王都では通用しませんでしたけど、マナーを学んだ程度で、私は平民と変わらなかった」
「はは、なるほどな。好きな女が手の届かないところに行ったのを目の当たりにして、現実を受け入れられないってところか」
「幼馴染が、のほうが正しいですけどね」
返事の代わりに、クスクスと笑う声が上から聞こえてきました。
月明かりの下、夜の風は冷たく私の頬を叩きます。けれど背中は暖かくて心強くて、不安感や恐怖感はありません。きっと彼は意図的に雑談を振ってくださったのでしょう。姉のことを深く考えないように。
フェリクス・フォーシル伯爵。本当に不思議な人です。こんな業務外の他家のいざこざにも親身になってくださって、フィンリー様が信頼するのも頷けるというもの。
「そこの三叉路は右手側に。もうあと少しですわ」
遠くに見えるのは船着き場の管理室。船の管理をする方の執務室ですが、いつも誰もいません。お外で作業をしている時間のほうが長い上に、お日様が傾き始める前にお帰りになるからです。
だから、私たちの秘密基地になっていた。管理の方もそれを知ってか知らずか、お菓子を用意してくれていたものです。
「あの小屋か? 戸が開いてるな」
黒獅子卿が手綱を繰って、馬をさらに速く走らせました。




