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6月18日(水)因果応報ってやつですか?

 朝から学園全体がざわついている。


 あっちでヒソヒソ。こっちでザワザワ。

 向こうでは時折笑い声が上がるグループがいる。その中には、結菜嬢の顔も見えた。


(珍しい……笑ってる!)


 結菜嬢の笑顔なんて、見たの初めてかもしれない!

 しかも、取り巻きに自分から話しかけてるよ! いつもならあまり表情にも出さず、ツンとしている結菜嬢が! いつも周りがちやほやと持ち上げ話しかけてるのを面白くなさそうに眺めるだけの結菜嬢が! 微笑んで自ら取り巻きに話しかけていらっしゃいます!


 原因はこれだろうなぁ……。今日の朝、ホームルームが始まる直前、アプリの学園情報に速報が出たんだ。


『高等部生徒会より、役員交代のお知らせ

生徒会長:諏訪雨音(2年)

生徒会副会長:篁和沙(2年)

会計:野村賢太郎(3年)

書記:明石大輔(3年)

庶務:井上真(3年)

庶務:久保市亮介(2年)


生徒会顧問:阿久津峻』


 これを見て私が思ったのは、「仕事、早いな」ってことだった。

 だってさ、昨日のことがあったとはいえ、こんなにも簡単に次って決まるもの?

 不思議に思っていたら、答えを出してくれたのは丞くんだった。


「久保市先輩は、生徒会に入るだろうって言われていたんだよ」

「あ、そうなの?」

「だな。会長や副会長ほどは目立たないけど、仕事できる人だし、中等部もその三人が仕切ってたから」


 できる人って……なんで上から目線なのよ、風斗くん……。

 てことは、元々その久保市先輩が入るはずだった枠に、むりやり紫藤さんが入ったってことなんだろうな……。


「書記は明石先輩の出戻りだね。それにしても、紫藤さんが生徒会メンバーになったことは、色々言われてたけど……このタイミングで一体なにがあったんだろうね?」

「えっ? ししししし知らないよ? 私なにも知らないよ!?」


 慌てて首を横に振ると、丞くんのポカンとした顔に気づいた。

 あれっ。私、なにか間違えましたよね。


「なんでのどかが動揺するんだよ。のどか、紫藤のこと知らないじゃん?」

「そ、そうでしたっ!」


 あははーと笑って誤魔化すも、内心冷や汗だ。

 ふ~、危ない危ない。確かに、私は紫藤さんとは直接の接点はない。でも、本棚越しに聞いたあの特徴のある話し方が頭から離れないんだよ~~。確かにアレを間近でやられたら、逃げたくなる。これにはさすがに和沙さんに同情した。同時に、それにも動じず接していたらしい諏訪会長を心から尊敬した。

 それにしても……そうか~。出戻りってことは、以前書記をしていた先輩がまた役員に戻ったって事なのかな。


「次の役員が決まるまでの間だもの。3年生も殆どは大学部に進むとはいえ、進学に備えなければならないし、たった数ヶ月のために仕事を教えるのは効率的ではないからでしょうね」


 はー、さすが山科さん。冷静。

 うん、確かにそうかも。聞けば、3年生は夏休み明けには次の役員に引き継ぐらしいから、その時改めて選べばいい、ってことなんだね。

 そう考えると、やっぱりこの決断はいかに急いでいたかを物語っているように思える。

 そして、いつも以上に笑顔を見せている結菜嬢も、実は役員から紫藤さんの名前が消えたことが原因だったりして?

 ……まさかね~? そんなにギスギスしてないよね~?

 はは、まさか。なんて頭の中で否定していたのに、このタイミングで鍋谷さんがラウンジに飛び込んできた。


「今日はえりな様、お休みされてるようですわ!」

「まぁ……ショックで寝込んでらっしゃるのかしら」


 クスクスと笑いが広がる。

 私はその光景にゾッとした。

 うーわー。本当に紫藤さんの失脚ネタで笑ってたんだ? こわっ! こわいよっ!

 紫藤さんかぁ……漏れ聞こえた声でしか、彼女のことは知らないけれど、結菜嬢のようにプライドの高いお姫様って感じだったし、確かにこんな状態では来辛いだろうなぁ……。

 しかも、あれほど自慢げに諏訪会長や和沙さんと親しいってアピールした直後だもん。まぁ……失脚に追い込んだ原因は、私のメールですけど。


(どうしようっ!)


 私は文字通り、頭を抱えた。

 勿論、良かれと思ってやったことだ。

 人気のある人たちの会話を盗み、それを利用してあたかも自分に好意があるようにひけらかす。普段、プライベートを見せない人たちだからこそ、信じてしまう人はいるだろう。実際、この前の会話ではそれを真に受けて「すごいすごい!」と反応する人がいたのだ。そう言われて紫藤さんは得意げにしていたけれど、諏訪会長が付き合っているのは茅乃ちゃんなわけで。彼女への風当たりなどを考えて、公言してはいないけれど、だからって自分にいいように情報を操作するのは許せなかった。

 許せなかったんだけど……。

 はい、後から気づきました。

 これって、私がやってることと、あまり変わらないって。

 私も、会長室から漏れ聞こえる話を巴さんにリークした。彼らが気を許せる友人同士だからこそ話せるそんな会話を利用した。

 これに気づいた時は、さすがに落ち込んだ。

 紫藤さんは、自分をアピールする目的があって、私はむしろ隠れたかったので、そこは大きく違うんだけれど……。そんなの、会話を盗まれた側としては、どっちもどっちだよね。

 結果として、盗撮を指摘した私が一番怪しまれてるんだもの。


「あの……どうしたの? のどかちゃん、具合悪いの?」


 茅乃ちゃんが心配そうに私の顔を覗きこむ。

 う~、優しいなぁ、茅乃ちゃんは。

 茅乃ちゃん、どうかわかって! 私は、茅乃ちゃんの恋を守りたかったんだよ! ただ、それだけなんだ!! ……残念ながら、それも言えないんだけれど……。

 言えない私は、また視線を下に落とす。

 うー。どうしよう。


「のどか、ほんとに大丈夫か? 具合悪いなら保健室行ったらどうだ?」


 さすがの風斗くんも気を使ってくれたけれど、身体は至って健康なんだよ。ただ、気持ちが苦しいというかだね……。まぁ、これでも落ち込んでるってわけです。

 保健室かぁ……。

 一瞬その考えが頭をよぎったけれど、慌てて頭を振る。

 イカンイカン。それは結局、逃げるってことでしょう? それに、保健室にはあの肉食保健医がいるじゃないか。もしも顔を覚えられていたら厄介だ。できれば、近づきたくない。


「ううん。大丈夫! ちょっと寝不足なだけだから」


 適当な理由をつけ、無理やり笑ってみせるけれど、それに騙されてはくれなかった。


「本当に大丈夫か?」

「ちょっと顔色も悪いぞ」


 いやいや、大丈夫だって。

 そう応えようと思ったら、私を囲む輪に、別の声が加わった。


「具合が悪いのでしたら、無理はしない方が良いと思いますよ」

「ぅわっ」


 突然聞こえた声に驚いて飛び上がる。すると、急に立ち上がったためか、めまいがしてソファの背もたれに手をついた。


「あっぶね。のどか、やっぱり保健室行った方がいいって」

「私がご一緒しましょう」

「あ、阿久津先生?」


 そう、阿久津先生です。

 いつの間にか、背後にいました。気配を消して人の背後を取るのは、いかがなものかと思います。皆も驚いているじゃないですか!


「お声はかけましたよ。でもみなさん、お話に夢中なようで」


 苦笑する先生に、皆思い当たることがあるのだろう。周りの生徒たちも、やっと阿久津先生の存在に気がついたようだった。


「どなたか、次の授業の資料配りを手伝っていただけたら……と思ったのですが」

「あ、じゃあ私――」

「いい。僕がやる。――じゃあ先生、小鳥遊さんをお願いできますか?」


 阿久津先生には、なんだかんだいつも手伝わされていたから、私がやろうかと思ったのだけれど、丞くんに制止された。


「そうですね。もうすぐ授業が始まりますし、皆さんよりも私が連れて行った方がいいでしょう。では九鬼くん、お願いしますね」

「はい」

「え、私ほんとに大丈夫なんだけど……」

「だ、ダメよ。さっき……ふらついていたもの」


 茅乃ちゃんにまでそう言われてしまって、私の身柄は引き渡されてしまった。

 え~、だってさ、相手は阿久津先生だよ? 絶対昨日のこと聞かれるよ!?

 大人しく廊下を歩いていたんだけれど、その予感は外れなかった。


「昨日のことですが」


 キターーーッ


「……はい」

「昨日も言いましたが、あまり無理はしないでください。諏訪くん達を助けようとしてくれたことはわかります。けれど、あなたが目立ってしまいます」

「……ごめんなさい」

「謝って欲しいのではありません。私は、心配しているのです」

「……ご、ごめんなさい」


 うつむき、トボトボ歩く私の頭上でため息が漏れた。

 始業チャイムが鳴り、廊下に誰もいなくなると、大きな手が頭の上に乗った。


「謝らないでください。私を、もっと頼ってください。正樹を経由しても良かった。どうして、私を頼ってくれなかったのですか?」

「それは……先生は、一緒に聖マリアンヌに行っていたでしょう? それなのに、その日取り付けられたカメラの存在を知っているのは、おかしいと思ったんです」

「そんなものは、後からどうとでも説明できます。以前から疑っていて、その日動くように仕向けてワザと諏訪くん達を学園から遠ざけた、とでも説明はできます」

「……あ、そうか……」


 先ほどより深いため息が落ちてくる。

 むー。だって……本当にそこまで考えが及ばなかったんだもの。


「私のことも、守ろうとしてくださったんですよね。おかしな疑いがかからないようにと」


 いや、そんな深い考えでもなかったんだけど……。


「結果的にはそうですよ。全てをご自分の責任で動こうとして……本当に目が離せませんね」


 優しく頭に触れていた手が、スーッと下がってきたかと思うと、うなじをスルリと撫でた。


「うっぎゃ!」


 忘れてた! 油断してた! 先生は変態だった!

 でも、顔を上げて睨み付けると、私を見下ろしていたのは、どこか苦し気な表情の先生だった。


「紫藤さんですが……」

「あ、はい」

「イギリスの姉妹校に、留学が決まりました。急ですが、昨日の件を知った理事長が向こうに掛け合いまして。娘の未来に傷をつけずにこの学園から離すことにしたようです」

「あ、そうですか」


 少しホッとした。

 やり方も考え方も、私には共感できないけれど、理事長の立場もあるのだろう。うやむやになることに、納得できるかと言われれば違うけれど、これは視点を変えれば、彼女の完全なる敗北だ。留学を終えて戻って来る日が来ても、諏訪会長たちに近づくことはないだろう。


「良かったです」

「良くありませんん」


 心からそう言ったのに、なぜか阿久津先生はそれを全否定した。なんで!?


「犯人が存在もろとも消えたとなると、残る謎はなんでしょう?」

「……さて?」

「あなたですよ、のどかさん。あのメールの人物は誰なのか、なぜ知りえたのか、目的はなんなのか……新たな謎に、彼らの興味は移ってしまっています」

「ええええええ……。それ、先生の力でなんとかなりませんか?」

「無理ですねぇ」


 ひどいっ! さっき、頼れって言ったじゃないですか!


「なんでも、諏訪くんのプライベートアドレスにメールしたそうですね? さて、ここで私も疑問があります」

「こ、今度はなんですかぁ!」

「なぜ……のどかさんが、諏訪くんのプライベートアドレスをご存じなのですか? 彼とは一体、どんな関係なのでしょう?」


 せ、先生? 笑顔なのに目が笑ってませんけど?

 すみません、私なんだか背筋がゾワワッとしたんですけど。これは私、保健室で休むべきじゃないですかね。



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