6月16日(月)密告します
週を明けてもまだ心ここにあらず状態の丞くんになんとかご飯を食べさせると、私たちはラウンジに行こうと席を立った。
あれから、丞くんは本当にいつもぼんやりとしていて心配になる。
学校がある日のランチは、私とマイケル。あと風斗くんとで、ぼ~っとしている丞くんに声をかけたりしながらなんとかやってるけど、お家では大丈夫なのかな?
今もまた、ふらふらとおかしな方向に行きかけて風斗くんに止められてるし……。う~ん……巴さんにもお家での様子を聞いてみた方かいいかもしれない。
そう考えながら学食を出ようとした私の耳に、後方から特徴のある声が聞こえてきた。
「えりな、雨音会長と和沙副会長と一緒に夏休み過ごすし? みんなとは一緒に過ごせないんだよね? ごめ~んね?」
「えっ。どういうことですの? えりな様、おふたりとお近づきになったのですか?」
「ふふふっ。だって、えりな、生徒会のお姫様だし?」
うお~! 鳥肌が!!
ゾゾゾッとしたよ! こわ~っ。自分のこと、お姫様とか言う人初めてだわ。
一体どんな顔でそんなセリフを――。
あ、そういえば私、紫藤さんの顔知らないや。
あの時も生徒会長室から聞こえてきたの聞いただけだし、さてさて。一体どんなお姫様なのか見せてもらいましょうかね……。
声のする方を振り返ると、そこにはクラスメイトのミーハー中田さんがいた。そして、静かに1人の少女を睨む結菜嬢も。
(うわぁ……結菜嬢と仲良しなのかな? こりゃ厄介だ)
この学園にセレブがたくさんいるとはいえ、それはやっぱりピンキリなわけで。
セレブとして歴史がある伝統セレブと、新興セレブとかね。あとは有名人の家族組も最近は増えているらしい。
私たちのグループで言うと、前者は丞くんとマイケル。後者は私や茅乃ちゃんってことになる。風斗くんは有名人の家族組だね。
実は、こんな風に混在したグループで対等な関係を築いているのは珍しいみたいなんだよね。まぁ……想像できちゃうけど。
今は全体的に新興セレブ組が多いけど、そんな中でもやっぱり伝統セレブには一目置いてる感じはする。
丞くんが言うには、1年にはふたり、伝統セレブの中でも有名な女の子がいるんだそうだ。そのふたりには気を付けた方がいいよって、入学してすぐに忠告されたっけ。
その内ひとりが結菜嬢。そして、もうひとりが紫藤えりなだ。
(まさか、クラスを超えての仲良しだったとはねぇ……)
結菜嬢が静かに、でも鋭い視線を送っている相手が、えりな嬢なんだろう。
結菜嬢の視線の先には、真っ黒で艶やかな髪をボブにしている少女がいた。
(あ~! 顔が見えないっ!)
ちょうどこちらに背を向けているんだよ……。まぁ、だから正面から彼女を睨む結菜嬢の表情はよく見えるわけだけど。
「うふふふ。おふたりとも、夏休みのご予定を教えてくださって? えりな、困ったんだけれど、お受けしなければおふたりに失礼だし?」
「えええー! そ、それはお付き合いなさるということですの?」
興奮気味に前のめりになって話を聞く中田さんに対し、結菜嬢の目は益々険しくなった。お~い。眉間の皺、深いよ!
「え~。でもぉ、えりなは1人じゃない? 困っちゃうよね?」
うわぁ、やっぱりこの話し方いつ聞いてもぞわぞわするわぁ。
――ん? いつ聞いても?
そういえば、どこでこの声聞いたんだっけ? 顔を見たら分かるかな? もう少しこっち向いてくれないかなぁ。
そう思っていると、私を呼ぶマイケルの声が聞こえた。
「のどか。何してるの? 早く行こう」
「あ、うん」
「お~い。早くしろ。丞があちこちフラフラするから、早くラウンジ戻りてぇんだ」
見てみると、風斗くんがグッと丞くんの腕を掴んでいる。
私は慌てて皆の元に戻った。
* * *
放課後、私は資料室に籠って次の新聞のネタを探していた。
とはいっても、大体は考えてあるんだけどね。
ズバリ、各部活の歴史だよ。
どう? これだとさ、調べなきゃいけないことは多いんだけど、ネタには困らないってね。ふふふふふ。
(さて。来月は何の部活を取り上げようか……)
歴史のある部がいいよね。
ここはやっぱり新聞部かな?
新聞部は学園の創立時からある部活だから……。
(よいっしょ……)
一番古い大きなファイルを棚から取り出し、机に広げる。
ドサリと結構大きな音が出たけど気にしない。
だって、今日は諏訪会長も和沙さんもいないからね。
今日、国語の授業が終わった後、阿久津先生がファンの子たちに囲まれてた時、ちょっと聞こえたんだ。
質問があるから、放課後行っていいですかと聞くファンの子に、先生は「生徒会の用事で外出するから」って言ったんだよ。
私はそれを聞き逃さなかった!
今月末、姉妹校との交流会があるんだって。今年は聖マリアンヌでおこなわれるそうで、その打ち合わせに行くそうだ。今回の交流会は生徒会主催のものだから、生徒会顧問の阿久津先生が行くんだね。で、勿論先生だけじゃない。諏訪会長と和沙さんも行くと言っていたんだよ! つまり、今日は資料室で気兼ねなく作業できるってわけだ。あ~、気配を消して作業しなくていいって素晴らしい! ……とは思いつつ、ついついここにいると音を出さないようにしてしまうんだよね……。
するとその時、いないはずの生徒会長室のドアが開いた。
(!? な、なんで!?)
阿久津先生と一緒に、聖マリアンヌに行ったんじゃなかったの!?
思わず身を縮こまらせ、息を潜める。すると、聞こえてきたのは諏訪会長の声でも、和沙さんの声でもなかった。
「あの……。あれきりにするって、言ったじゃないですか……」
「え~? そんなこと、えりな言った?」
困り切った声に続き、音量調節もできないらしい1年生の女王、えりな嬢の声が響く。
このやり取りで、私は先週、生徒会長室に仕込まれたカメラの存在を思い出した。
わー! わー! 私、今日会長達がいないから大丈夫だと思って結構、音出しちゃったよ!? えーと、えーと……声出したかな? 何か喋ってたかもしれない! どうしよう!?
今更ながら両手で口をふさぎ、静かに悶える。
「え~っと? もう一台つけたいんだけど? ねえ、どこがいい?」
「えっ? 増やすの? そ、それはどうかと思うよ……」
「なに? なにか言った? えりなが言ったことに、もしかして反対した?」
「い、いや……。ええと……この棚はどうかな」
すると、生徒会長室と資料室の間にある大きな棚がガタガタと大きな音をたてた。
ひぃーーー! ちょっと! こっち側の棚まで揺れてるんですけど!
「あれっ……。鍵がかかってるみたい」
「え~? もう、なにしてるの?」
「あ、こっちが開いた。こうして本の間に……」
「は? 本を取ったらバレるじゃない?」
「大丈夫だよ。卒業アルバムだから。そんなに頻繁に取り出すものじゃないさ」
「ほんと? ちゃんとやってよね?」
なんと。えりな嬢ったら、自分が取りつけにきたのにその言いぐさですか。
でも、男の子の方はそれに対してなんの疑問も持たなかったようで、少しの間ガタガタ音がして、ピピッと機械音がしたと思うと「できた」と満足そうに言った。
渋々ついてきたくせに、結局は取り付けまでをやってあげたらしい。あなた、下僕体質ですか。
「そ。じゃあ、えりなは帰るわね?」
「えっ……。でも、まだ事務作業が……」
「え~。えりな、今日はもう疲れちゃったんだけど? あなたがひとりでやったらいいじゃない?」
「……わ、わかったよ」
うわぁ……。世間がセレブに対して抱いている偏見を詰め込んだようなキャラですね、えりな嬢……。
それにしても……。そうか、お昼休みに話していたのは、きっとこの隠しカメラで見たことだ。
だって、えりな嬢はさも諏訪会長と和沙さんのふたりから言い寄られているような言い方だった。
でも、諏訪会長は茅乃ちゃんと最近付き合いだしたばかりだ。和沙さんだって、生徒会長室には彼女を嫌って逃げ込んでるようなことを言っていたし……。
となると、えりな嬢はきっと隠しカメラで、ふたりの夏休みの予定を知ったんだろう。
どうやら、ふたりは旅行かなにかを予定しているらしい。えりな嬢はきっとそこに、偶然を装って現れ、合流するつもりだったんだ。勿論、周りには「最初から誘われてた」と言って。
(嫌だなぁ。すっごい苦手なタイプ)
それに……これは茅乃ちゃんには知られたくないことだ。
茅乃ちゃんと諏訪会長は、お昼休みという限られた時間にしか会えずにいる。
周りが騒ぎすぎて、茅乃ちゃんに危害が及ぶことを恐れているからだと思う。片や茅乃ちゃんも、自分が相手ということで諏訪会長に迷惑がかかってはいけないと思って、表立って会長の話はしないくらいだ。
そんな純粋で可愛らしい恋を始めた茅乃ちゃんを傷つけたくない。
私の中で、正義感がメラメラと燃え始めた。
これは……この秘密を握った私が、えりな嬢の暴走を止めなければ……!
茅乃ちゃんの笑顔と、そして恋を守るために――!
* * *
色々方法を考えたものの、ふたりにどんな形で伝えるのがいいのか、まったくいい考えが浮かばない。
どうしたもんかなぁ……。
茅乃ちゃんに伝えてもらう? でも、これだと私が資料室に頻繁に入り浸っていることをバラすことになる。
総帥側に……いやいや、なんか事が大きくなりそうだから、却下。
阿久津先生に……これもダメだ……今日一緒に聖マリアンヌに行ってたんだもん。録画したものを調べれば、今日取り付けられた物っていうのは分かるもんね。いないのになぜ?ってなるし、阿久津先生に頼んだ後、見返りを要求されるのが怖い。
う~ん……。事は一刻を争うのですよ。
だってさ。現時点では大丈夫そうだけど、生徒会長室で茅乃ちゃんの話とか、あと和沙さんが自分の婚約者候補の話をかしてごらんよ。大騒ぎだよ! あのふたり……特に和沙さんは、あの場所では安心しきっていて、既に婚約者候補の話もしている上に、素の悪魔が出てるからね。大事件に発展すること間違いなし。
じゃあ、どうしようか……。
(――あ)
メールだ! メール送ったらいいんじゃん!
今や私はハルさんとメール交換をする仲だ。ハルさん宛てに、メールで忠告したらいいんだ!
ただ、諏訪会長は「ハル」というハンドルネームを使っていることを内緒にしているだろうから、こうすることで彼はきっと警戒すると思うけど、背に腹は代えられないでしょ。
そうと決まったら早速行動だ。
明日の通学までにカメラの存在を知っていてもらわないといけないからね。
ハルさんとやり取りしてるPCのメアドは使えないから、フリーアドレスを使おう。
『生徒会長室にカメラが仕掛けられている。隠し場所は机の置時計と、棚の卒業アルバム』
何度も何度も文面を確認する。
余計なことは書いてない? 性別判断できないよね? アドレスも私を連想させるキーワードは入っていないね?
そう何度も確認して、私が送信ボタンを押したのは、深夜12時になろうとしている時だった。




