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6月14日(土)よろしくお願いしま……す?

 う~、髪がまとまらない……。

 もう何分も鏡の前で悪戦苦闘してるんだけど、どんなに押さえても手を離すをボフッと広がってしまう。

 苦々しく思い窓を外に目をやると、外は雨。


(あ~……昨日梅雨入りしたんだっけ……)


 部屋の中は空調がしっかり働いてくれていて、梅雨の湿気も感じないんだけど、私の髪って敏感なのかな……。


 思えば、ちゃんと美容室で髪を切ったのって2か月前になるんだよね。

 それからはパーティーやらなにやらで、プロのヘアメイクさんに来てもらった時、ちょっと切ってもらったりね。そんな感じだったから、そんなに伸びたって実感がなかったんだよね……。そう、こんな風に広がるまでは……。


(うう……髪切りに行きたかったのになぁ……)


 凝りもせずにもう一度ブラシを入れ、ドライヤーをあてようとしたら、ママの声が聞こえた。


「のどか~? 準備できた? もういらしてるわよ。早くなさい」


 えっ! もう来たのか! 早いな。まだ約束の15分前なのに!


 結局、私はこの広がった髪を押さえることは諦め、バッグと帽子を掴むと部屋を出た。


「先輩、おまたせ!」

「おはよう。ごめん、ちょっと早かったな」


 拓真先輩はリビングでパパと談笑していた。

 この前のことがあって、パパともすっかり打ち解けたようだ。


「あら、のどか。髪……だいぶ伸びたんじゃない?」

「うん……湿気かなぁ。やけに広がるんだ……。本当は今日切りに行きたかったんだけど……」

「仕方ないわよ。お父さまが来週は仕事で海外に行かれるそうだし」


 デスヨネ……。

 仕方ない。今日はなんとか帽子で誤魔化そう。

 昨日、朝から降り続く雨に、とうとう夕方のニュースで梅雨入り宣言が出たんだよね。

 それで今日は美容院に行ってサッパリしたいなって思ってたんだ。

 で、予約の電話をしようとスマホを手にしたら、拓真先輩からの着信。

 ご両親がランチに私を連れてくるよう言っているんだそうだ。

 十中八九、カラクリタンスの手紙の件だと思う。

 拓真先輩にはメッセージアプリで知らせてたんだけど、元々タンスの所有者は拓真先輩のお父さんなわけで。きちんと報告するのが筋ってもんだよね。


「のどか。その帽子、もう少し後ろにずらした方がいいよ」

「え? こう?」

「ううん。貸して」


 拓真先輩の手が帽子を取り、収拾のつかない私の髪に優しく手櫛を通すと、後頭部を包み込むように帽子をかぶせた。


「うん。可愛い。じゃあ、行こうか。おじさん、おばさん、のどかをお借りしますね」

「は~い。拓真くん、申し訳ないけど帰りもよろしくね」


 普段ならオバサン呼ばわりにイラッとしそうなママの笑顔に送り出されて、私は拓真先輩と一緒に部屋を出た。



 * * *



「ごめんな。わざわざ」

「ううん。タンスは拓真先輩のお家の所有物だし、ちゃんとお話しないとね」

「大人ってめんどくせーな」


 タンスから出てきた古い手紙。

 タンスの現在の所有権は八重樫家当主にあるわけなんだけれど、その中にあった手紙は、ウチだったり総帥だったり、身近な人たちが関わっていたので、拓真先輩のお父さんが快く私に託してくださったのだ。

 まぁ、ウチの曾お爺ちゃんが曾お婆ちゃんに宛てて書いた手紙はともかく、総帥宛てまでなんで私が? この辺りのセレブ同士だから、私を経由することなく渡してもいいんじゃない? って、思わなかったわけではない。

 でもね、実はこのヨシ乃さんの件があってから、八重樫家と篁家は疎遠になっていたんだって。

 それでまぁ、拓真先輩の「大人ってめんどくせーな」発言ですよ。

 でもまぁ、八重樫家の気持ちも分かる。

 数代前の話とはいえ、婚約者が輿入れ当日に別の男と駆け落ちとか、由緒あるお家では恥をかかされた以外のなにものでもないだろう。

 現に、当時の八重樫家のご当主……ええと、ヨシ乃さんの婚約者のお父さんだね。その人がすごく怒って、篁家とのお付き合いを絶ったそうなんだ。

 だから個人的に悪い感情は持っていないとはいえ、そんなことがあってお互い近寄らないようにしていた両家が、今更手紙ひとつで近づくわけもなく……。はい、それで私に託されたということです。

 私が篁家の血縁だと知って驚いてたけど、あれから数十年も経ち、当事者は既に亡くなっていたこともあって、拓真先輩のお父さんも私に対して疎ましく思うということはなく、むしろ篁家とのギクシャクした関係が終わるかもしれないと少しホッとしたのだそうだ。

 違う業種とはいえ、どちらのお家も昔から続く由緒正しい家柄。しかもこんなに距離が近いんだから、何かしらで顔を合わせることはあるだろう。なら、関係はいいに越したことはないよね。

 おっと。そんなことを話していたら、拓真先輩のご実家に着きました。

 今日は一番上のお兄さんも一緒。

 開かずのカラクリタンスが開き、しかもその鍵を持っていたのが、たまたま家に遊びに来ていた子だと知って、私にどうしても会いたかったのだそうだ。

 ええと……そんなに楽しみにしていただくほどの人間でもありませんが……。


「本当に、たまたまなんですよ。あの鍵は総帥からたまたまもらって……。私が妹のヨシ乃さんの曾孫だからだそうで……」


 そうそう。本当に偶然なんだって。

 私に鍵を渡したのだって、何かを開ける“鍵”としてというよりは、ヨシ乃さんの曾孫である私に、ヨシ乃さんの物を渡したかったっていうのが理由だ。

 その鍵を、たまたま出会ったタンスに差し込んでみたのは本当に偶然。

 ほら、誰だってそうだと思うけど、使えるかどうかわからないけど、それっぽいものがあったらとりあえずやってみちゃうってあるでしょ? それです。


「いや。でもね。これを機に篁家とも新たな関係を築けそうだから」

「本当。これはのどかさんのおかげよ」

「開いた時はびっくりしたけどね」


 おかしそうに拓真先輩が笑う。

 あの時はびっくりしすぎてポカンとしちゃってね。お互い顔を見合わせてそれから「えーーーー!」ってなったんだっけ。人間、本当にびっくりしたら声がでないものなのかもしれない。


「それだけじゃないわ。のどかさんには本当に助けられているの。拓真の発作を治めてくれたでしょう? あんなにすぐに良くなること、今までなかったのよ」


 エレナさんがそう言うと、一番上のお兄さん、和真さんが驚いたように目を見開いた。ちなみに、和真さんは由香さんと同じ年で幼馴染らしい。


「え!? 本当に?」

「そうなのよ。私、これは運命だと思っているの」

「母さん……そういうの好きだからな。でも、そう急ぐこともないだろう。彼女だって偶然だって言ってるし」


 二番目のお兄さんで千香さんの彼氏さんでもある翔真さんがエレナさんを諌めるけど、エレナさんは聞く耳を持たない。


「そんなことないわ! だって。こんなに偶然が続くことってある?」

「母さん。まさか今日って、手紙がどうなったか聞くのが目的じゃないんじゃないか?」

「それもあるわ」

「“も”って。言い方からして、完全にそっちがついでじゃないか」


 ……なんですか? 全然話が見えませんが……。

 でもアレですかね。話が見えないってことは、今私がすべきことは、目の前にある料理を堪能するってことですよね? いっただきま~す。

 今日はね、イベリコ豚の香草焼きだそうですよ。

 ハーブはお庭で作ってるんだって! この都会で! ハーブをお庭で作れるってほんとセレブってすごい。

 ハーブのおかげもあってか豚肉も臭みが全くなく、表面がカリッと焼けてて中はジューシー! 柔らかくて美味しい!! 脂身が! 甘いよ!

 私、今生まれて初めてお肉に「甘い」という言葉を使いました。


「だって、こんな映画みたいな偶然、ある? 昔結ばれなかった男女の曾孫同士がこうやって出会って。しかも、その子に対しては発作が出ないの。更に、同じマンションなのよ。これが運命と言わず、なんと言うの? のどかちゃんは運命の人なのよ」


 ビックリした。

 いきなり名前が出て来てビックリしました。

 危うく付け合わせの皮つき丸ごとほくほくミニじゃがを喉に詰まらせるところだった。

 え? 話が分からないから私には関係のない話なんだと思ってたけど、違うの?


「な、なに? 拓真先輩。なんの話?」


 すると、拓真先輩が困ったように微笑んだ。


「気にするな。……母さんは、のどかのことが気に入ったんだってさ」

「そ、そうなんだ?」

「のどかちゃん。これからも、拓真のこと、どうぞよろしくお願いしますね?」

「え? あ、はぁ……」


 気に入ったっていうノリにしては、なんだか熱量がすごくないですか?

 う~ん……。


「ホラ、のどか。デザートにジェラートがあるんだ。用意させるけど、洋梨と白桃どっちがいい?」

「えっ。迷う」

「じゃあ、半分こする?」


 それはいい考えですね。乗りますよ!


 そんなやり取りを、エレナさんは嬉しそうに見ていた。




 

 


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